アイテムボックス
スクロール魔法さんとの付き合いにもだんだんと慣れてきた。
スクロール魔法さんと素粒子論を交わしていたコトは、なんかやり切った感を醸し出しながら恍惚とした表情を浮かべていた。表情を見せると年齢レーティングが必要になってしまうので見せられないが。
「と、言うわけで、以前コトが言っていたアイテムボックスの実装は、可能なのか検証していきたいと思います」
「パチパチパチパチ」
「さぁ、いでよ、スクロール魔法!」
『あいあいさー』
いや、スクロール魔法『の』取り扱いに慣れたんじゃなくて、スクロール魔法『が』取り扱いに慣らされたんじゃないか? それ。
ばばばっと拡張現実のスクリーンが展開される。左上にコトが書いた理論系のプログラムコード。右上はしおりんが書いたインターフェイスのドライバ。主にジェスチャーと視覚系を担当した。真ん中は今からのスクロール魔法さんとの問答が表示される予定で、左下にカナの統合オペレーションシステム、右下は修正コードを書いていけるようになっている。
「じゃ、まぁ『できる』と仮定して進めていくんだけどね、スクロール魔法さん、過去に次元断層への実体の出し入れって記録はあるのかな?」
『記録には残っていない。チャレンジの記録もない』
「よし、やりがいあるわ!」
カナが力を込めて言う。コトも『んっ!』とか言いながら握り拳でガッツポーズ。しおりんは菩薩の笑みでそれを眺めている。
しおりんは頭は良いのだが、普通高校卒である。理論物理学者と天才少女のガチガチ物理学論についていくのはちょっと難しい。
「と言うわけで、七次元から三次元までは必要エネルギー量によって開くゲートが選ばれて、どこから相転移されてくるかが決まるのは大体流れが掴めたかな」
「問題はこの、五と六ね。六を開くのが最低魔力量の消費だってのはほぼ確定。ただ、四と五の中を湧いてくる時にほとんどそこに干渉してない感じかなぁ?」
「四を開けるのも五を開けるのもエネルギーは必要なのに、これの担保もまだ不明だし、スクロール魔法さん、これらはどこから?」
『六次元ゲートが開いた後にそこから供給される』
「あー、缶詰の中に缶切り仕込んだやつ誰だよ」
カナが空を仰ぐ。
コトはいつもの表情をスタートさせた。しおりんがうっとり眺めている。
開いた窓から秋の風が入ってくる。そろそろ寒くなってきた。窓ガラス、欲しいな。
ふっとコトが目を開けた。
「あ、缶切り無くてもいっか」
無造作に仮想スクリーンに近づき、式を構築していく。
「というわけで、『開きたい』と言う意識で波動関数が収束した時、三次元側で観測される素粒子が扉を開くと言う観測結果を示す。双子素粒子で六次元側に同じものがあれば、その子があちらから開けてくれるわ」
「状態の収縮はありなのね。ってことはあれ? 超弦理論からは外れる?」
「弦理論とマルチバースが絡まったようなイメージかな。まだこれは研究進めていかないと落とし所がわからないけど」
「そんなの、メカニカルにうまくいくのかしら」
「そこをなんとかしてくれてるのが、マイクロマシンさんたちなのね。多分」
マイクロマシン、小さいくせにすごいな。
「まぁ、話を聞く限りわたしらより六千八百万年も進んだ科学技術だからねぇ。千年二千年の差ならまぁ、えいやって頑張ろうとか思うけどさー」
マイクロマシンの大きさは、最長部で20nmから3μmぐらいらしい。大抵は細長く、自力移動する機能も持っていて体内や外界でも行きたい場所を目指すことができる。材料として使える原子の量に限りがあるので、原子を素粒子レベルで改造して機能性原子を作ってるとか、もう何を言ってるのかわからない技術力である。
「よーし、と言うわけで、目指すはこの四と五のどちらかのゲートかな。出し入れするものによってゲートのサイズも制限受けるから、そこらへんの解消も必要かな」
「エネルギー自体は六から上でいくらでも供給できるから、やろうと思えば無限大でも行け……」
「すとーーっぷ! コトにそこを任せると宇宙そのもの収納するとか言い出すから却下!」
「実際には入れないよぅ、可能性を検討するだけで」
「検討するのは入れられないようにするための安全装置にしなさい」
しょんぼり顔のコトの頭をしおりんが撫で回す。あ、ちょっとご機嫌戻った。
♦︎
「うー? これでどうかな?」
すでに失敗回数十七回である。
入れようとしてるのは実験用に用意したおはじき。カンラン石製で緑色に輝いていてとても綺麗だが、材料はケイの家に行けばいくらでも手に入る。製鉄する時に大量に使って、廃棄物として処分に困るらしい。
「よーし、いくよ…アイテムボックス!」
フッ……っとカンラン石が消えた。半分だけ。
「半分成功?」
コテン……と可愛らしく首を傾けたコト。
「いや、失敗だし! 余計危ないわっ」
カナが叫びながら、今コトが発動した魔法のログを確認していく。
「いや、おかしくは……ないと思う。これはアルゴリズムからやり直そう。危ないわ」
その案はそのままお蔵入りとなる。次案を考えるため、また三人で取り止めのないお話をしていく。時々スクロール魔法さんを交えながら会話をしている時、しおりんがふと思いついたように言った。
「箱に入れよう、箱から出そう……じゃなくて、取り込もう、吐き出そう……で良くないです?」
「?」
「んー、スライムが何かを取り込んでいくような沈み込むような……」
「ああ、なるほど。やってみよう」
カナがフローチャートをプロットしていき、コトが処理をまとめる。出てきた数字をベースにしおりんがコーディングしていく。インターフェイスはしおりん作なので、おそらくマッチングもいいはずだ。
翌日、再び子供部屋。
「あらかたまとまったかな? んじゃ、テスト行ってみよう!」
カンラン石のおはじきを並べ、コトが右手を前に出す。
「マジックイン」
右手でおはじきを撫でるようにしていくと、端からおはじきが消えていく。
「おおお。ちゃんと収まった!」
「ちゃんとかどうかはわからないけど、テーブルクロスが無事なのは評価しますわ」
しおりんが割りとひどい。あ、コーディングしてたのあんたやあんた!
「次は出せるかね……マジックアウト」
同じようにテーブルの上で手を振ると、先ほどより綺麗に並べられたカンラン石が現れた。
「おおおおおお! できた?」
「できた……かな?」
「もう少し色々テストを繰り返しましょう。あ、スクロール魔法さん、シミュレータ空間でテスト繰り返しておくことってできますか?」
『可能です。適宜処理しておくのでまた声をかけてください』
「やたっ! ありがとう、スクロール魔法さん!」
『ユアウェルカム』
「!」
スクロール魔法さん、しおりんに甘くない?
カナもコトも、ちょろっとそんなことを感じてはいるが顔には出さない。
「じゃ、こちらはこちらで検証続けよ。とりあえず、わたしとしおりんにインスコして、色々入れてためそう」
言い出しっぺの法則で、今まではコトにしか入れてなかったのだ。今度は三人とも使えるようにする。これで荷物の混信とか無いかを確認しなければならない。
更に、荷物の受け渡しまでできるようになれば最高なのだが。
テスト開始から七日。いくつかあった不具合は『収納物の紛失』『収納物の風化』『収納物の原料化』『収納物の融合』などなど、時間と空間が混ざり合っちゃってる感がヒシヒシとしてくる。
「これは安全対策大変だわ。ミスったら人死に出そうだし」
「カナなら、これ使って攻撃魔法作りそう……」
「やらんわっ!」
言いながらも安全対策プログラムを必死に考えている。
「うー、この辺りの処理、ミスると宇宙が終わりそうだわ……」
「宇宙は終わらなくても、この大陸は終わりそうかな?」
八歳児の手のひらで転がされる大陸の命運とは。
「けどまぁ、ここまで来たら使えるようにしたいよね」
「後一息だし、がんばろっ!」
その『後一息』の工程が一番工数かかるのである。その部分には、基本的に終わりがない。
「あ、スクロール魔法さんのシム! どうなったかな」
「よし、しおりん聞いてみて!」
「はい……スクロール魔法さん、スクロール魔法さん、この間お願いしたアイテムボックスのシミュレート、どうなったか教えてもらえますか?」
『現在、試行回数は一千兆回を少し超えたところです。こちらで制御を少し調整させていただいて、現在はほぼ事故がなくなっています』
少し調整! なに、バグフィックスまでしてくれるの? 何この子、うちにも欲しい!
「え、えーと…変更部分の処理とか、教えてもらえるかな?」
『ソースも提出できますが、少々混みいった処理をしておりますので人の手で確認すると、お時間かかると思います』
「お時間……どのぐらい?」
『おおよそ、五、六千年かと』
で、ではそのままブラックボックスで使おうと決まった瞬間である。
「あー、スクロール魔法さん。初期のトラブルで大きかったのって、どんなのだったの?」
『宇宙が無くなったことが、二十回ほどありました』
大陸レベルじゃなかったわ。コト、残念。カナの勝利だ。
「い、今はもう大丈夫なんだよね?」
あまりに恐ろしい事態に、流石のカナでも一応確認してみる。いや、この宇宙の歴史百六十億年で最大の極悪人とか、ごめんですわ。
『範囲制限を行いました』
「ふぅ、良かったぁ。一時はどうなることかと思ったわ。で、どのぐらいの範囲に制限したの?」
『誰にでもわかりやすいように、術者の身長の……』
「うんうん」
『十の八乗倍を半径とした球形です』
「……ちょっとまてぇぇえええ! 今のあたしの身長を一億倍したら半径十三万キロ! ってこの星無くなるからっ!」
直径にしたら二十六万キロ。木星だって余裕で収まる大容量である。引っ越しにも最適!
「いや、星ごと引っ越す気かよっ!」
『気をつけて使っていただければ問題ないです。アドオンでサイズ制限することも可能なので、術者によって使い分けることもできます』
「ま、まぁそれなら……良いか……」
天才少女カナ。割と騙されやすいかもしれない。詐欺には気をつけなければ。
このあとも協議を続け、まずスクロール魔法さんが使える人用と、ステータスの人用、ステータスオープンの人用の三種類を用意。更にスクロール魔法以外はリミッターを装備して、条件解除していかないと拡張できない仕様を作り上げる。
制限付きと言っても、ステータス魔法用のリミッターなしバージョンだと、最大サイズは術者の身長の百倍。容量は一万倍とかにしてあるから十分以上な使い勝手のはずである。
「こうして、転移チート系主人公の『ええっ! こんな大容量入っちゃうんですかー!』な大容量マジックボックスが出来上がるのね」
ちなみにステータスオープンで全制限掛けていると、取り込めるサイズも最大容積も、共に身長とイコールである。
ここでまた一つ問題が出てきた。生物や機能性機械類など、次元回廊を通ると機能を止めてしまうものがある。四国沖鏡で散々実験したアレだ。
これらのものが、取り込めてしまうのである。当然、生き物なら死亡する。機械なら故障する。
「どうしよう、これ危ないよね。取り込めないようにできるかな?」
「でも、お野菜とか仕舞いたいしねぇ」
「むぅ、じゃ、どこで活動停止するのか確認しよう」
こうして、また探究がはじまる。
流石にマウスをたくさん用意して……は難しいので、ダンゴムシを集めてきた。
東宮と小宮の間には中庭があり、そこには庭師として働く下女が数名いる。
三人はダンゴムシを集めて欲しいと、丁寧に頼みに出かけた。
それはもう、あっという間に集まった。殿上人な上に天使かと見紛うが如しの美少女三人組が、菓子折り持って頼みにくるとか普通はありえない。お庭であそばされているのを見かけることがあっても、会話があるとか想像もしていなかったお姫様たちが……
庭師総出で庭中の石をひっくり返し、植木鉢を持ち上げた。
「じゃ、試験その一。収納時間、いきます」
収納予定時間はミリ秒単位。人間には無理なので、マクロを組んでやってみる。
「ちーん……ご愁傷様です」
「むぅ、だんごちん、すまない」
「試験そのニ。収納深度、行きます」
今現在マジックボックスに使われている次元断層の隙間は、五次元目の空間に展開されている。
この『五次元』とか『四次元』と言っているのは便宜的なものであり、別に縦横高さ時間の空間とか、更に一方向の方向性があると言ったものではなく、違う次元というものでしかない。
たまたまそこでは時間の振る舞いがこの三次元と違っていたり、空間の振る舞いが違っていたりするだけだ。
この、五次元目の空間がアクセスしやすいために利用しているのだが、一つ隣の四次元の方ではどうなるのかを試そうというのだ。
「えいっ」
四次元に入れて、即取り出す……凍りついて霜が降りている。
「あー、温度がないかぁ。温度も変わらず入れておける五次元さんの優秀さが目立つなぁ」
「これ、断熱して入れたら、どうなるかな?」
「よし、やってみよう!」
次の日から飛行機工場に数日通い込み、真空断熱機構付きの圧力釜の化け物みたいな物を作成した。
「よーし、で、これの中にこの子を入れてっと、マジックイン」
実験の続きだ。今度はどうなるのか……果たしてだんごちゃんの運命はいかに。
「マジックアウト、オートクレーブオープン!」
……………………おおおおっ!
「動いたっ! だんごちゃん動いたよっ!」
「やった! 成功だっ!」
「スクロール魔法さん、このデータ使って生体シミュ回してもらえるかしら? できればこのオートクレーブも、魔法空間で作れると嬉しいな」
しおりんがあざとくなってきた。でも仕方ない。スクロール魔法さんを使いこなすには、しおりんの犠牲が必要なのだ。
こうして、ついにマジックボックスが実用化された。
将来的に誰にでも使えるようにするのか、それともレア魔法としてダンジョン奥深くに埋めて回ろうか、まだ方針は決まっていない。
お読みいただいてありがとうございます。
四次元ポケットいいですよね。ほんとに欲しいです。まぁ、これは四次元も五次元も使ってる様なので微妙に違うみたいですが……
もし、気に入っていただけたら嬉しいです。
それではまた、お会いいたしましょう。




