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石に枕し、流れに………漱ぎたかった

「うーーーん、気持ちいぃぃ」


私は背をググッと伸ばし、次いで足をバタつかせる。

それに合わせて動く水面みなもが蓮と睡蓮を揺らし、より美しい景色を作った。

どこから水を引いているのか、池なのに全く濁っていない。

深い所はターコイズブルーやコバルトブルーに見えるし、その中を青い魚と赤い魚が縦横無尽に泳いでいる。


『庭に池なんて贅沢、日本にいたら一生出来なかったな。

そう思えば、転生も悪くないか………』


上半身を倒し、小さな雲が遊ぶ空を見上げた。


『静かだな。

こんなにのんびりしたの久し振り。

最近寝る間もなかったから、余計沁みるわぁ』


私は目を閉じ、次いで大きく深呼吸をする。

甘い匂いが鼻腔びこうくすぐった。


『良い匂い。

何の花だろう』


私が視線を動かした時、ガサッ!という音と共に近くの草むらから人の手が飛び出す。


「●×◇■△!!!」


言葉にならない悲鳴を上げ、跳ね上がるように立つ私。

その拍子に膝の上で伸びていたセレネがズリ落ち、フギャッ!と抗議された。


「あっ、ごめん!」


慌てて謝る私の鼓膜を微かな音が震わせる。


「助……けて」


今にも消えてしまいそうな声、間違いなく子供だ。


「ちょっ、大丈夫?!」


バタバタと駆け寄る私の目に骸骨がいこつのように痩せ細った少年の姿が飛び込む。


「ちょっ、えぇぇぇ?!」


まさかの事態に素っ頓狂な声を上げてしまった。

なぜこんな所に子供がいるのか、なぜこんなに痩せているのか、なぜボロボロの服を着ているのか、なぜ傷だらけになっているのか、疑問は尽きないが、今は横に置いておく。


私は少年を担ぎ、一目散に母屋に向かった。

とにもかくにも応急処置だ。

その後の事はその時に考えれば良い。


『救急セットあったかな?』


倉で見たような気がするが、ハッキリと思い出せない。


『まぁ、なけりゃないでどうにかなるでしょ』


というか、どうにかしなければいけない。

どうにも出来なければ幼気いたいけな少年の死体を見る事になる。

寝覚めも夢見も悪い話だ。


私は母屋に飛び込み、少年を居室の長椅子っぽい物に寝かせてから台所に向かった。

まず止血だ。


『えっと…………、これでいっか』


目に付いた布巾ふきんを掴み、台所の瓶から汲んだ水で濡らす。


『急がないとっ!』


それをギュッ!と絞り、全速力で居室に戻る。

少年は眠っていた。


「大丈夫かな?

病院に行こうにも場所が分かんないし、電話もスマホもないから救急車すら呼べないし。

いざとなったら駄女神召喚だな」


私は少年の顔を拭いながらぼやく。

流水で傷口を洗いたいが、ここには蛇口も水道もないし、池の水では不安が残る。

アレコレと悩むくらいなら飲用水を使った方がマシだ。

あの瓶の水は駄女神が下手な水道より清潔じゃと太鼓判を押した川から汲んだので、大丈夫だろう。


ややあって、少年が目を開けた。

エメラルドのような虹彩こうさいがキョロキョロと動き、私は息を呑む。


『綺麗……。

海の色だ』


焦点が合ったのか、彼の視線が私を捉_とら_える。


「だ……れ?」


弱弱しい声で訊かれ、思わず少年の手を握った。


「大丈夫、すぐ良くなるから」


少年は微笑み、次いで目を閉じる。


これが私と彼の出会い、そして、残酷な物語の始まりだった。





「礼を……言う。

あなたがっ、いなければ、僕は、死んで、いた」


「それは元気になってから言って。

私は医者じゃないし、ここじゃ何も出来ないから」


助けたい、いや、助けるつもりだが、今の私に出来る事は少ない。

医者も救急車も呼べないし、病院に連れて行く事も出来ない。

一般的な看病とありがたみもクソもない女神に祈るくらいだ。

それでも、しないよりは良い。


「僕が、元気になっ、ても、誰も、喜びません。

死んでも、咎められる事は、ないので、気にしなくて」


「私が喜ぶし、私が気にする。

それじゃいけない?」


思わず話を遮ってしまった。

これ以上は聞いていられない。

年端のいかない子供がこんな顔をするなんて、何があったのか………。

少年からは感情という感情が削げ落ちている。

喜びは勿論、怒りや悲しみさえ感じない。

上品な顔立ちと相俟って、人形のようだ。


「いけなくは、ないですが、今の、僕には、何もありません。

身分も、名誉も、名前も、家も、家族も、何も……、何もないんです」


「これから探せばいい。

人生は長いし、何もないって事は何でも出来るって事でもある」


「何でも……出来る?」


「そう、何でも。

何にだってなれる、どこへだって行ける。

したい事もすべき事も、ゆっくり探せばいい。

回り道のない人生なんてつまんないでしょ?

今は元気になる事だけを考えなさい。

よく寝て、よく食べて、よく笑って、よく泣いて、よく遊ぶのが子供の仕事なの。

それが学びに繋がるし、いつか役に立つ」


「そんな事、初めて、言われました。

先生は、感情を、悟られる貴族は、二流だと」


「なら、これから沢山言ってあげる。

お休み。

子守唄いる?」


「は…い」


「分かった」


音痴なんだけどなぁと思いながら、私は口を開いた。





ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ

ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ

マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ


ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ

ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ

マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ


ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ

ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ

マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ





幼い頃、母が歌ってくれた。

曲名も作者も知らないが、私にとっては母との思い出であり、子供ができたら歌ってあげようと思っていた。

この少年にそいういう人はいないのだろう。

いたら、こんな顔はしない。

寝かし付けてもらった事があるかも怪しい。


『ここで死ぬのは勘弁してよね。

寝覚め悪過ぎるじゃん』


そんな理由で助けた少年が初恋泥棒と謳われる、いや、そしられる程のイケメンに成長するとは夢にも思わなかった。

思っていたら、あんな事もそんな事も絶対にしない。

イケメンに黒歴史を喋り倒される気持ちが分かるか?!

分かる筈がない。

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