明日ありと思う心の徒桜 夜半に嵐の吹かぬものかは
少年は逃げている。
恐怖からも、運命からも、現実からも-
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、うあっ!!」
石に足を取られ、顔からスッ転ぶ。
「うっ、うぅぅぅぅ。
父上ぇ、母上ぇ、伯父上ぇ、お祖父様ぁ、お祖母様ぁ、どうして迎えに来てくれないのですか?
僕はっ……、僕はもう要らないのですか?」
布切れのような服と薄汚れた体は彼の現在の身分を表し、それに似合わない言葉遣いは彼の過去の身分を表す。
「ハァハァハァ、っ………、ハァ~~~~、っ!!」
少年は歯を食い縛って立ち上がり、次いで駆け出した。
止まってはいけないと分かっているからだ。
『痛い……、胸が痛い。
何でこんな事になるんだよっ!!
何でっ……、何で僕がっ!』
少年はマギオ皇国の公爵家の嫡男として生まれ、蝶よ花よと育てられた。
衣食住に困った事も命の危機を感じた事もない。
他人が敷いたレールの上を歩くしかない事だけが不満だったが、それもいつの間にか消え、早く父上のお手伝いがしたいと思っていた。
マギオ皇国は徹底した魔力至上主義であり、五歳の誕生日に魔力の強弱を調べる習慣がある。
この日に人生が決まると言っても過言ではない。
魔力が強い者は一足飛びに上流階級の仲間入りをするからだ。
奴隷が貴族の正室に成り上がる事もある。
魔力を介して世界の命脈に干渉する技術を魔術といい、多種多様な系統がある。
マギオ皇国は難度によって級外魔術・上級魔術・中級魔術・下級魔術に分け、全ての魔術を修めた者を魔導師と呼び、級外魔術以外を修めた者を魔術師と呼んでいる。
魔導師ともなれば、爵位も名誉も縁談も思いのままだ。
そんな国の公爵家の嫡男として生まれ、魔力がないと分かった少年、この日から彼の人生が変わった。
家族にも親戚にも使用人にも厄介者として扱われ、地下牢が自室になり、庶子と蔑んでいた義姉が嫡子になった。
全てを失い、茫然自失した少年を両親は奴隷商人に売り飛ばした。
公には病死となっており、もう帰る場所はない。
幸か不幸か、幼い頃から厳しい教育を受けていた彼はそれを理解した。
しかし、理解する事と納得する事は違う。
少年は逃げ出し、走って、走って、走り続け、いつの間にか魔生物が生息する森に迷い込んだ。
マギオ皇国
三つの大国に囲まれた魔力至上主義の小国。
歴史はあるが、領土も経済力も少なく、それを外交と軍事力で補っている。
魔術を国防の要としており、魔導師・魔術師の育成に常軌を逸した力を入れている。
魔力
魔術の動力。
霊力が魔力回路に圧縮されて出来る。
強弱は魔力回路の本数に比例する。
魔力回路
魔力を持つ生物の体内にある疑似神経。
霊力を魔力に変える炉であり、世界の命脈に繋がるパイプでもある。
その本数が魔力の強弱を決める。
遺伝しやすく、魔導師・魔術師の子孫は魔力が強い可能性が高い。
ある程度の損傷は治るが、それを超えると激痛と共に焼失する。
移植には大きな危険が伴う。
一本一本に色があり、同色の魔力回路は同族の証拠となる。
魔術
世界の命脈に魔力を介して干渉する技術。
魔力回路に圧縮された霊力が魔力に変わる・魔力回路が魔力を世界の命脈に流す・世界の命脈が書き変わる=魔術の発動。
多種多様な系統があり、マギオ皇国は難度によって級外魔術・上級魔術・中級魔術・下級魔術に分けている。
世界の命脈
アカシックレコードの別名。
魔導師
級外魔術・上級魔術・中級魔術・下級魔術を修めた者の尊称。
魔術師
上級魔術・中級魔術・下級魔術を修めた者の尊称。