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禍福糾纆

数十分後-自宅の浴室


『信っじらんないっ!!!

普通バスタオルくらいかけるだろっ!

誰もいなかったから良かったけど、下手すりゃ痴女だしっ!

下手しなくても痴女だしっ!

あの駄女神、いつかシメる』


私は心の中で悪態を吐きながら首まで湯に浸かり、ややあって視線を上げた。


『綺麗……』


冬の星空のような天井が視界を埋め、思わず見惚れる。

ここは母屋の地下だが、狭くも暗くもない。

湯船と床と天井に青白く光る石(駄女神曰く、ラビリント)を使っているからだ。

ラビリントはランビリスという虫の死体が湖の底に沈積ちんせきして出来るらしく、暗い所で青白い光を放つ 。


『山付き豪邸をお菓子みたいにポンッて、無茶苦茶よな。

神の常識は人の非常識だけど、さすが異世界、スケールが違う』


私はザバッ!と立ち上がり、湯船の排水栓を抜いてから浴室を出た。


扉(木製)の取っ手に掛けておいたバスタオルを体に巻き、そのまま石段(ラビリント製)を上がる。

これは自室の右隣に続いており、台所とも居室とも近い。


駄女神曰く、母屋はそなたの体格と生活動線を考慮して造られておる。

なら地下に風呂造んなよと突っ込んだが、これは管理神なりのサービス(洞窟風温泉)らしい。

聞いて驚き桃の木山椒の木、この山、活火山の一部なのだ。

少し歩けば露天温泉もあるらしい。

日本人にとっては天国である。


「ハーーー、いい湯だった」


私はルンルンとした気分で自室の扉(木製)を開け-


「キャーーウ」


子猫を見付けた。


「はっ?」


なるほど、これが目が点になるという心境か………。


「えっ、何……、どっからっ」


私は視線をキョロキョロと動かし、丸い座卓に乗った白い紙に気付いた。

慌てて読むと-

とぎ

猫。

用品。

倉。


「アホかぁぁぁ!!

何で猫?!

伽に猫って意味分からん!

ってか、倉はどこだよ!

単語だけって何の嫌がらせ?!」


単語カードのような簡潔過ぎる手紙は私の神経を逆撫でどころか引っ掻いた。

頭に血が上り、思わず手紙を握り潰す。


「この忙しい時にっ!」


「ミャッ!

ミャウ!」


子猫が高い声で鳴きながら私の脚に顔を擦り付ける。


「はいはい。

ご飯かな?

ちょっと待って」


抱き上げると、のどをゴロゴロと鳴らしながら目を閉じる。

伽として寄越すだけあって懐こいし、とても可愛い。

耳、鼻の周り、足、尻尾は黒に近く、それ以外は白に近い。

オッドアイ(ブルー&グリーン)は洋猫の血を引いている証拠だ。


『シャム……、だよね?

足と尻尾と顔にポイントあるし。

宝石みたいな目してる』


ウチは猫神社と呼ばれる程に猫と縁があり、私が生まれる前から沢山の猫を飼っていた。

大半が保護猫なので、洋猫は少ない。


『感染症とか、寄生虫とか、大丈夫かなぁ?

こっちの医学レベルも医療制度も分かんないし。

あの駄女神、肝心なとこだけ抜かしやがる。

だから駄女神なんだよっ!』


私は深く長い溜め息を吐きながら子猫を下ろす。


「餌は倉だっけ。

その前に服を………」


「ミャッ!

ミャミャッ!」


「こ~~ら、カミカミしないっ!」


髪に戯れる子猫を叱りつつ、デカイ箪笥を漁った。

緩い服を着て、青いバンスクリップで髪を纏める。

これが私の休日スタイルだ。


「お待たせ~~~。

ご飯行こっか」


子猫を抱き上げ、駄女神からの手紙を怒りを込めてゴミ箱(台所にあった籠)にブチ込み、箪笥を閉め、自室を出る。


『倉探しのついでに、他の部屋も見とこう』


まだ台所と自室と居室しか見ていないが、足りない物が多い。

調理器具は揃っているのに食材がないし、ゴミ箱も照明器具もスリッパもない。

倉にあれば良いが、なければ何としても駄女神を呼び出さなければいけない。

特に食材は死活問題である。


『ないと思いたいけど、うっかりミスの一つ二つしてそうだし。

あの駄女神、今一信用出来ないんだよね』


神は嘘を吐かない、いや、吐けないが、解釈を変える事はある。


「もうちょい待ってね~~~」


私は子猫の背中をポンッポンッポンッと叩き、次いで手近な部屋の扉(木製)を開ける。


「トイレか……。

えっ、これペーパー代わり?」


便器(洋式)は日本と変わらないが、トイレットペーパーが黄色い葉とはどういう事だ?

何が悲しくて、21世紀にもなって葉でケツを拭かなければいけないのか。

不潔である。

ケツだけに。


「マジかよ。

どこの原始人だ。

ウォシュレットもティッシュもないとか、フザケンナ」


「ミャッ!」


そうだっ! と言わんばかりに鳴いてくれる子猫が愛おしい。

思わず子猫をギュウッとし、扉を開けた時から気になっていた白い紙を手に取り、それに素早く視線を落とす。

火口。

排泄。

処分。


「はっ?

火口?

排泄って……………、オイオイオイ」


有り得ないなんて有り得ないと言ったのは誰だったか………。


私は便器を睨み、次いで恐る恐るその蓋を開けて耳を澄ます。

中は真っ暗だが、何かが煮えるようなボコッボコッボコッという音が遠くから聞こえる。


「マジで火口直通?

あぶなっ!!

噴火したらどうする気だよっ!」


大と対面するつもりが噴火と対面したなんて、笑い話にもならない。


「一回駄女神呼んだ方が」


「その必要はない」


「はっ?」


今、有り得ない所で駄女神の声がしたような-


私はソロソロと肩、正確には抱き上げた子猫を見る。

子猫は首を傾げながら私と視線を合わせ、ややあってニヤッと笑った。


忘れていた。

有り得ないなんて有り得ないのが神の世界であり、神の常識は人の非常識だという事を。

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