事実は小説よりも奇なり
目を覚ましたら、世界が変わっていた。
三文小説の冒頭のようだが、現実だ。
信じたくないが、現実なのだ。
抜けるような青空。
少し冷たい風と囁くような葉音。
虫の合唱や小川のせせらぎが鼓膜に触れ、太陽の匂いが鼻腔を擽り、柔らかい草が体を包んでいる。
「どこ、ここ」
私は寝そべったままボソッと呟く。
体が重くて動けない。
まるで高熱を出したようだ。
「何がどうなってんの?
私、死んだの?」
『不吉な言霊を吐くな』
突然頭の中に響く声。
月読様が、いや、駄女神がよく使う神力だ。
六年くらい前までは聞こえる度に心霊現象か?!とビクビクしていたが、今は眉一つ動かさない自信がある。
人間は慣れる生き物だ。
「何の用ですか、駄女神」
『誰が駄女神じゃっ!』
「アンタですよ、アンタ。
マジで化けて出てやるから、覚悟しろ」
ただで済むと思わないで欲しい。
こっちは恨み骨髄に入っている。
『生きたまま化ける気かえ?』
「へっ?
私、死んでないの?」
嬉しい誤算である。
呪い殺すのは止めておこう。
『当たり前じゃ。
死者は管理神の領域、死んでおったら我と話も出来ん。
本題に入るぞ?』
「あっ、はい」
死んでいないなら、それでいい。
命あっての物種である。
『そこは地球の四つ下の世界、魔術、錬金術、煉丹術が発達した星じゃ。
貨幣価値は国によって若干異なるが、1ラーメ百円、1プラータ千円、1ゴルト一万円が基本故、これさえ覚えておけばよい。
主要国の言語は頭に入っておる。
何かあればカードを使え。
我と契った故、前世より』
「待て、ちょっと待て。
今、何てった?」
思わず待ったをかける私。
契ったとは何の事だ?
聞き捨てならない。
『我と契った故、前世より』
「いやいやいや、記憶にありませんけど?!
てか、やっぱ死んでんじゃん!」
『そなたを救う為じゃ。
界渡りは管理神の領域、我らが干渉するには許可がいる。
ひと月以上前に申請したんじゃが、奴らは昔から御役所仕事でのぅ。
せっついても馬耳東風故、そなたの支度をしながら待っておった。
斯ようなあくしでんとは想定外じゃ。
見付けた時には息がのぅて、八方手を尽くしたが、大罪人を救う意味はないと言われてしもうた』
「ちょっ、ちょっと待って下さいっ!
大罪って何ですかっ!!
私、何もしてません!」
聞き捨てならない。
清く、正しく、美しく、とは言わないが、真面目に生きてきたつもりだ。
若い頃はヤンチャもしたが、あれくらいは見逃して欲しい。
若気の至りは誰にでもある…………、と思う。
『言い忘れておったが、管理神の与り知らぬ界渡りは大罪じゃ。
例外はない。
そなたを救うには管理神の酌量を、いや、管理神が酌量せざるを得ない程の身分が必要じゃった。
奴らは人に関心がない故、見逃す時も裁く時もざっくりなのじゃ』
「ざっくり過ぎだろっ!!!」
最後まで聴くつもりだったが、思わず突っ込んでしまった。
巻き込まれた人まで大罪人扱いとは、これ如何に。
『奴らにとって、人は世界の駒の一つに過ぎん。
結縁は我らの領域に属す故、それなりの扱いをするがな』
「つまり、アンタとレズッ、いや、契らなかったら………」
『今頃記憶に還っておるじゃろう』
記憶、アカシックレコードの事だろう。
森羅万象の源にして全ての命の母、そこに還るとは死を意味する。
私の首は皮一枚で繋がったらしい。
「どうも……、ありがとうございました」
『うむ。
そっちの神は話が分かってのぅ、巻き込んだ詫びだと、ギリギリの便宜を図ってくれた。
記憶も歳も前世と変わらぬし、視力が回復しておる故、眼鏡は不要じゃ。
カードも使える』
「カードって、タロットですか?」
『うむ。
母屋にある故、使ってみよ。
そろそろ動けよう』
言われてみれば、体が軽い。
これなら動けそうだ。
私は上半身をグググッと起こし、次いで肩を回す。
ゴリッ!
ゴリゴリゴリッ!
凄い音がした。
「どんだけ寝てました?」
『う~~~む…………、十年ぐらいかのぅ』
「はぁ?!」
思いがけない数字が飛び出し、私は目を見開いた。
「十年って、嘘でしょう?」
『嘘ではない。
転生は骨が折れる作業じゃ。
まして此度は二人、時がかかるのは致し方ない』
「それは……、まぁ」
かかり過ぎだろっ!と思ったが、口には出さない。
今は現状を把握する事が第一だ。
『先程言うたが、歳も記憶も前世と変わらぬ故、不自由はない』
「分かりました。
不自由があったら一生呪いますから、そのつもりで」
『不吉な言霊を吐くな。
今のそなたが本気になったら、冗談では済まぬ』
「へぇ~~~~」
思わずニヤッとする私。
良い事を聞いた。
いつか試してみよう。
『おかしな事を考えるなよ?
此度の件、そなたが思うより複雑なのじゃ。
さぁ、我は長く留まれぬ故、疾く母屋へ』
腐っても女神、読心術はお手の物らしい。
「分かりました」
私はよいしょっ!と立ち上がり-
「………………、マッパァーーーー??!!」
下着すら着けていない事に気付いた。
駄女神、許すまじ。
いつか呪ってやると神(笑)に誓った私である。
界渡り
異世界転生又は異世界転移。
管理神の領域であり、無許可の干渉は大罪となる。