池魚の殃
「誰かぁぁぁぁぁ、助けてぇぇぇ~~~~!!」
「ちょっ、待ってよ、優磨!」
「待てるかっ!」
「何でっ!
僕何かした?!」
「てめぇの胸に聞きやがれっ、疫病神!!
いつか来ると思ってたが、俺までテンプレ通りになって堪るかっ!」
「あっ、ちょっと!」
鳥居の近くから喧騒が聞こえる。
厄介事の臭いがプンプンする。
「次から次へと………」
私はイラッとして振り返り、そのまま棒立ちになった。
虹色の光を放つ亀裂、それに追いかけられる少年と彼から逃げる少年、最近流行っているアレだ。
「神虹夜、早ぅ本殿へ!」
「へっ?」
「早ぅ本殿へ行くのじゃっ!!
巻き込まれたら即死ぞ!」
「なっ!」
物騒な言葉に引っ張られ、私は慌てて駆け出した。
変態浮気女神が私の頭の上を飛びながら叫ぶ。
「あれは異界からの干渉、対象以外は抜けられん!
落ちたが最後、空間の狭間に放り出されて、窒息じゃ!」
理不尽過ぎる。
私は参道を走りながら叫び返した。
「冗談でしょ?!
それじゃ片方はっ」
「死ぬしかあるまい」
「アッサリ言うな、ボケェ!!!」
ここまで聞いて何もしなかったら人でなしだろう。
「何とか出来ないの?!」
「本殿に入れればよい。
あれは我の領域、何人たりとも、我の許可なく入れん」
「ホントですね?」
「神は嘘を吐けぬ。
そなたも知っておろう?」
知っている。
言葉には魂が宿る。
神、特に日本の信仰神は言葉を大切にするので、その影響を受けやすい。
日本が言霊の幸ふ国と言われる所以だ。
「その分解釈に幅がありますが、このタイミングではしないと信じます」
と言うか、信じるしかない。
したらマジで縁切る!と決め、私は前を見据えた。
もう少しで本殿の敷地に入る。
「急げっ!」
「分かってるっ!」
私は盛大なブロードジャンプを決め、ダンッ!!という音と共に本殿の階段の一番下に着地する。
「ゼィゼィゼィ、ハァ~~~」
息を切らせながら振り返ると、 脇役らしい少年に魔の手が迫っていた。
「待ってってばぁ~~~~」
「うわぁぁーーーん、もう駄目だーーーーー!!!
神様仏様イエス様キリスト様ブードゥー様ーーー、誰でもいいからお助け下さいぃ~~~~!!」
切羽詰まっているせいか、文法がてんでばらばらだ。
イエス様とキリスト様は同じだとか、何でブードゥー教が出て来るんだとか、ブードゥー様って何だとか、突っ込んでいいだろうか?
いくないよな?
「おーーい、脇役くーーーん、こっちこっちーーーー!
ここまで頑張れーーーーー!!!」
失敬千万な呼び方だが、名前を知らないので許して欲しい。
私の声が聞こえたらしく、彼らがこっちを見る。
次の瞬間、亀裂の中から白い手が
ニョキッ!
ニョキッ!
ニョキッ!
と飛び出した。
「「「£★△◑%◎§□◆!!!!!」」」
三人分の悲鳴も何のその、白い手は私と彼らに素早く這い寄り、
ガシッ!
ガシッ!
ガシッ!
私の左足首と脇役君の右肩と主役君の頭を掴んだ。
「「ギャーーーーーーー!!!」」
「ちょっ、話が違うっ!」
「おかしいのぅ?」
私の頭上で呑気に首を傾げる月読様をキッ!と睨む。
無責任過ぎる。
これが日本の女神の一柱なんて思いたくない。
思ったら泣きたくなるので。
「この役立たずっ!!
アホッ!
間抜けっ!
ド阿呆!
駄女神っ!
死んだら化けて出て祟って、っ!!!
やだ……、嘘っ、何で?!?!」
私は罵詈雑言を喚きながら足掻いたが、それを嘲笑うように左足が消え始める。
比喩ではない。
文字通り消えていくのだ。
痛くも痒くも違和感もない事が恐怖心を煽る。
「助けてっ!!!
誰か助けてっ!」
私は目茶苦茶に暴れながら叫んだが、駄女神は腕組みをして唸っているし、主役君はキョト~ンとしているし、脇役君はパニックを起こしている。
誰も当てにならないと絶望した時、空が、木が、地面が、世界が回った。
「駄女神、マジでブッ殺す」
それが地球での最後の言葉だった。