表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

長い物には巻かれよ

祈年祭きねんさいの二日前、過労死に片足を突っ込み、坊主憎けりゃ何とやらとばかりに参道のゴミを叩き掃いていた私の前に見たくない顔が現れた。

ウチのご祭神(笑)である。


「何のご用ですか、月読様」


黒い髪、白い肌、麗しい容姿、ケバケバしい服、私の目に喧嘩売ってんのか?

謹んで返品するので、迅速且つ速やかに消えて頂きたい。


「相談があるのじゃ」


表情筋の悲鳴が聞こえた。

近い内にストライキを起こすだろうが、今は忘却の海にポイッとして-


「簡潔にお願いします」


嫌な予感がする。

私の厄介警報が暴れている。

こういう時はサッと聞いてチャッと終わらせた方がいい。

事が延びれば尾鰭おひれが付く。


「異界に永住するか、ロクデナシと婚姻するか、今すぐ選べ」


「はっ?」


「誠に口惜しいが、今の我では奴を止められぬ。

渡りびとは渡り後の世界に属す故、わ」


「待って下さい、意味が分かりません。

誰と誰が婚姻?

いかいって何ですか?」


文法が目茶苦茶だが、今は突っ込まないで欲しい。


月老げつろうがそなたを、いや、我の友を狙っておる」


「はっ?」


更に意味が分からない。

私の記憶が正しければ、月老とは月下老人げっかろうじんの事である。

中国神話の男神であり、男女の縁を司る。

縁がある男女の足首を赤い縄で結ぶらしく、これが赤い糸の語源だ。

殺人をしそうな神ではない。


「我と月老は百年余り恋仲だったのじゃが、少ぉしとらぶってのぅ」


「間違ってたら申し訳ないんですけど、アンタ結婚してましたよね?」


「うむ」


「百年も浮気してたんですか?!」


私は目を剥いて怒鳴った。


「百年余りじゃ」


「尚悪いわっ!!!」


そりゃ怒るだろう。

私だって怒る。

修羅場だったに違いない。


「森を燃やすわ、地を叩っ切るわ、海を揺らすわ、後始末が骨じゃった」


過激だ。

修羅場どころではない。

傍迷惑にも程がある。

どれだけの被害が出たと思っているのか。


「去年の異常気象はアンタらか」


「うむ。

八日八晩不眠不休で殺り合うてな、月老が引いたのじゃが」


「嫌がらせにアンタの友人を狙い始めたと?」


「うむ。

既に五十二人が」


「絶交して下さい、今すぐ絶交して下さい」


冗談じゃない。

神の痴話喧嘩に巻き込まれてお陀仏なんてアホ過ぎる。

笑い話にもならない。


「それで済むと思うかぇ?」


月読様が右手の親指と中指をパチッ!とした瞬間-


「○▼☆※@&¥◎◆¢%!!!!!」


言葉にならない悲鳴を上げる私。

大量の赤い縄が参道をニョロニョロと這い回っており、まるで罠のようだ。


「なっ、なっ、なっ………」


「月老の縄じゃ。

あれに捕まったが最後、何をどう足掻いても婚姻させられる」


「なっ!」


ギョッとして、思わず月読様を睨む。

重度の男性恐怖症の私にとって、結婚は鬼門である。

何が悲しゅうて、二十代で墓場に入らにゃならん!


「そなたの相手は変態、少し変態、マシな変態、救いようのない変た」


「変態ばっかじゃないですかっ!」


「うむ、ピー(お下品につき、自主規制)プレイ好き、ピーピー(お下劣につき、自主規制)プレイ好き、ピピピー(お下衆につき、自主規制)プレイ好きが揃い踏みじゃ」


「変態の見本市かっ!」


「比較的マシなのはろりこん、女好き、まざこん、ろうじ」


「もういいです。

何があっても結婚しません。

雨が降っても槍が降っても山が降っても地球が降っても結婚しませんから、どうぞご心配なくっ!」


独身貴族上等!!!

歴史も血筋も跡継ぎも知ったこっちゃない。

そもそもウチは筋金入りのボロ神社、潰れても誰も困らない。


私がフッと笑った時、


「人が神に逆らえると?」


冷たい声が水を差した。


「うっ………」


「そなたなぞ、我から離れた瞬間にまな板の上の鯉じゃ。

悪い事は言わぬ、異界に行け」


「でもっ」


「赤ちゃんぷれーも幼女ぷれーもなし、命も衣食住も保証する」


「そういう問題じゃ」


「婚姻したいなら」


「嫌です、謹んで辞退します、断固拒否します」


「ならば行け。

我が万事整えてやる故、案ずるな。

大船に乗った気でおればよい」


泥船の間違いだろとか、今一信用出来ないとか、間違っても言っちゃいけない。

話が取っ散らかる。

口は災いの元だ。


「そなたは我の友であり、最も目をかけた男の孫でもある。

決して、悪いようにはせぬ」


胡散臭い。

この上なく胡散臭い。

神と人では友の定義が違う。

神の常識は人の非常識だ。

非常識だが、悲しいかな、人は長い物に巻かれねば生きていけない。


「…………………、分かりました。

命は絶っ対保証して下さいよ?」


「無論じゃ」


「絶対絶対ぜ~~~たいですよ?」


「案ずるな。

命も衣食住も良縁も出血覚悟の大さーびす、持ってけ、泥棒じゃ」


通販かっ!と突っ込みかけ、慌てて口をつぐむ。

今は話を進めなければいけない。


「衣食住は頂きますが、良縁は遠慮します」


「なぜじゃ?

縁は人の世の」


「天災レベルの痴話喧嘩の元凶に縁の心配されたくありません」


ってか、不吉な発言は謹んで頂きたい。

間違いが起きたらどうしてくれる。


「取り付く島もないのぅ」


月読様は深~~い溜め息を吐いた。

殴っていいだろうか?

溜め息を吐きたいのはこっちだ。

何で私が朝っぱらから他人、いや、他神の痴話喧嘩に巻き込まれにゃならん。

昼ならいいって訳じゃないが。


「まぁ、よい。

我は忙しい故、く支度せよ」


『ええ加減にせぇよ?

あんま調子乗ってっと、絞めて吊るして刻んで捨てるぞ、コラ。

てめえの下半身の紐ぐらいキッチリくくっとけ、このピーピピピーピー(お下品につき、自主規制)野郎!!!!』


私は心の中で悪態をわめきながらニコッと笑い、


「分かりました。

今年の祈年祭は多分、きっと、恐らく、絶っ対中止になると思いますが、悪しからず。

月読様は自業自得という言葉すらご存知ない方ではありませんから、黙認して下さいますよねぇ?」


痛烈な皮肉を吐いてやった。


「分かっておる。

そなたのせんを楽しみにしておったのじゃが、致し方ない」


私のタロット占いはウチの名物であり、神事の度にそこそこの金を運んでくれる。


「物好きですねぇ。

私の占いなんて飯事みたいなもんでしょう?」


「あれを飯事とは豪胆じゃのう。

世が世なら、卑弥呼の再来とうたわれように」


「当たる時はドンピシャでも、外れる時は思いっきり外れますが?」


「それが人の限界じゃ。

上を目指すなら我の結縁けつえんにしてやるぞ?」


「血縁?」


「結ぶ縁と書いて結縁、神と契った人の事じゃ」


「はっ?」


目が点になったような気がする。


「えーーと、何を切るんですか?」


大空おおうつけ、誰が千切ると言った。

契りじゃ、契り。

男と女がしそ」


「ウォッホン!

分かりました、もういいです。

私はレズじゃないので、謹んでお断りします」


冗談がキツイ。

私は重度の男性恐怖症だが、同性愛者ではない。

男装の麗人にドキッ!とした事はあるが。


「馬鹿者、結縁は古来から受け継がれる日ノ本の神聖な伝統じゃ。

ただの生殖行」


「黙れっ、変態浮気女神!!

例え明日が地球最後の日でも、断固断るっ!」


私が変態浮気女神の話をぶった切った時-

月読尊つきよみのみこと

日本の女神の一柱ひとはしら

月、夜、農耕、漁業、海、占いを司り、海上安全、豊漁守護、不老長寿、五穀豊穣、諸願成就等の御利益がある。


渡りびと

異世界に転生又は転移トリップした人間。


結縁けつえん

信仰神と契った人間。

契った信仰神の加護を受け、その領域に属する為、管理神も無下に扱えない。

霊力が強くなる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ