第1話 日露戦争へ続く道
――― 1905年(日本海海戦 開戦日当日) 対馬近海
ロシア軍の戦艦クニャージ・スヴォーロフが舵を右に切ると、重心はゆっくりと左に傾き水面に高い波が起きた。
その直後、激しい衝撃が船全体を襲い、金属が軋む音が船室内に響き渡った。
キーラが部屋に残してきた木箱はこの振動で棚からずり落ち、中に入っていた無数の手紙は箱から流れ出て床に広がった。
――― 同時刻 艦橋
「左舷前方に被弾! 甲板に火災が発生!」
重く揺れる鉄船のなか、バルチック艦隊司令長官のジノヴィー・ロジェストヴェンスキーが、燃え上がる炎に顔を歪ませる。
「塗料に引火したか。弾薬庫でないだけまだマシだが……。それにしてもたった1発でこれほど燃え広がるとは……!」
同じ艦橋に居たロシア軍の女性参謀、キーラはシノヴィーに上申する。
「榴弾です! 黒煙が少ないところを見ると、恐らく炸薬に使われているのは下瀬火薬。日本軍は新兵器を投入しているものと思われます」
報告を受けたジノヴィーがキーラを睨み付けた。
「新兵器だと!? そんな話聞いていないぞ!」
「資料ならお渡ししています。いえ、今はそんなことを論じている場合ではありません!」
キーラは前方に見える日本艦隊に視線を戻した。
「次の衝撃に備えてください!」
向かってくる弾丸が戦艦クニャージの艦橋をかすめた。
外れた弾丸は水面に着水、そしてその瞬間、爆風と炎が同時に燃え広がった。
「な、なに!? 海が…… も、燃えているだと……!」
艦橋内でうろたえる将官達を見てキーラは思った。
(まだ終われない! ここで死んでしまったら、あなたが私のためにしてくれたことが無駄になってしまう。必ず生きてウラジオストックにたどり着き、そして直接手紙をお渡しします!)
胸ポケットに手を当てるキーラ。
その中には、ロシア軍服を着た日本人男性の写真が入っていた。
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――― 1912年(日本海海戦の7年後) 日本国 学習院 学生寮
日露戦争は終結し、陸軍の英雄と言われた乃木希典は、軍を退き学習院の院長として生徒たちの教育にあたっていた。
「全員そろったか?」
食堂に生徒たちを集めた乃木。
垂れた目に白い幅広の髭を蓄えた彼は、この時62歳。
乃木はざわつく生徒たちに向かって言った。
「今日からワシに代わってこの学校の院長になる『吉岡もえ』さんじゃ」
穏やかな口調で語る彼の隣に立っていたのは、歳の頃12.3歳の小さな女の子。
さらにどよめく食堂内。
「こ、この子が院長になるのでありますか!?」
立ち上がる一人の生徒。
それを見た乃木は
「ハッハッハッ、バカなことを言うな。冗談、冗談じゃよ。すぐに人の言うことを真に受けるヤツがおるか」
そう言って、右手で空を切って生徒に着席を促した。
「今日はお前たちに、日清日露戦争におけるワシの思い出話をしようと思う。ついでじゃから姪の子共を連れて来た。同席しても構わんな?」
もえは、「よろしくお願いします」と言いながら空いている席の1つに向かって走っていった。
「さて、何から話そうかのう……。ワシを父親のように慕ってくれた特務機関所属の軍人の話か、それとも日清戦争における東郷平八郎の話か……。お前たちに決めさせてやる」
乃木が生徒達を見回すと、1人の生徒が手を上げた。
◆◆ここでストーリーが分岐します◆◆
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