3.焼け出された庶民を救う
「おはようございます、お嬢様」
側つきメイドのミアが扉をノックして部屋に入ると、お嬢様アリスは既に起きて窓の外を睨んでいた。
開け放たれた窓から吹く風がお嬢様の髪を揺らす。
お嬢様アリスはミアの方へ振り向いて言った。
「風が騒いでいるわ。
ミア、すぐに出るから礼服の支度をお願い」
深い青碧のドレスに、蒼炎の不死鳥の尾羽をあしらった黒のつば広帽子。
肩には星雲ひつじの羊毛で織られたショールを羽織る。
ミアに集められたメイドたちがすぐに着付けを終えて、お嬢様アリスは手袋をはめる。
そしてお嬢様は馬車に乗り、早朝のうちに邸宅を発った。
ガタゴトと揺れる馬車は、しばらくして地母神の聖堂へと着いた。
大娼館をはじめとする歓楽区の娼館が、避妊や性病予防のために懇意にしている聖堂である。
「私から相応の喜捨と、我が家にある触媒を預けるわ。
今日から先だいたい三日ほど、防火の結界を張ってちょうだい」
大娼館が建つ歓楽街の区画に大規模な結界を張らせた。
地母神の力を借りて発動する防火の結界は、本来は穀倉地帯の火災を防ぐために用いられるものである。
神に伺いを立てなければ実現しないはずの奇跡は、けれども意外にすんなりと発動された。
もちろん急のことに必要な供物、触媒は多くなったが、地母神にも何か思うところがあったのかもしれない。
その次に、お嬢様アリスは商業の区画を訪れた。
馬車から降りたお嬢様がいま身に纏う絢爛な衣装は、権威と財力の象徴である。
お嬢様はその権威と財力を以って商人たちを脅す。
「麦とパンの在庫をすべて売り渡しなさい」
お嬢様アリスのきらりと輝く瞳が商人たちを射抜く。
光の加減で宝石のようにも見える青碧の瞳は、風読みの力を宿すシルフィードの貴色だ。
「私はシルフィードの娘だもの、損はさせないわよ」
お嬢様アリスは多額の証文と引き換えに大量の食糧を買い付けた。
麦とパンを扱う商人たちは困惑していたが、お嬢様の掲示した額を見て半信半疑に交渉を受け入れた。
その夜、帝都で大火災があった。
帝城と大娼館のある区画だけは燃え残り、お嬢様アリスは大々的に炊き出しを行った。
庶民は飢えることなく助かり、麦とパンを扱う商人も財を全て失わずに済んだ。