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(株)俺TUEEE異世界エージェンシー 〜社畜女神の転生無双プロデュース〜  作者: 一星
第一章 女神は思ったより現代っ子なOL
9/13

あなたに贈る魔法

○前話のあらすじ

補助輪なしで魔法を乗りこなしたよ!

 この世界の言葉で表すなら、月影が生み出した魔法は、四属性のどれでもない〝例外(オリジン)〟と呼ばれるそれである。


 中でも、『肉体強化系』とでもカテゴライズされるのかもしれない。


 しかしそんな区分に意味など無い。月影が強くなりたいと願い、月影が築き上げてきた肉体と精神。

 月影という器で形を得た魂のエネルギー――――紛れもない、〝月影〟という力だった。



「とはいえ、区別のための固有名詞くらいはつけることをオススメするです。あなたはまだまだこれから、色んな形で魔法を扱うようになる。名付けは言わばタグ付けです。ワード一つで連想して出力できるようになれば、発動ラグも最小限に抑えられるでしょう?」


「はあ。どういう名前にしたらいいですか?」


「分かりやすくイメージしやすく、しっくり来るなら別に何でもいいです。あなたの脳内処理を軽減するためのものなのですから、あなたが決めるです」


「うーん……どうしようかな」



 そんな会話があったのが、月影が邪竜の拳を弾き返したすぐ後のこと。


 先程の感覚を忘れない内に、ということで魔法の反復練習を優先したため、名付けは後回しということになりズルズル決まらずにいるのだが。

 他の魔法を使えるようになったわけでもない月影は、今のところ、魔法を区別する必要も特に無い。


 修行。修行。修行。

 今はとにかく、鍛錬と積み重ねだ。才能が無いのなら、努力するしかないのだから。


 そうして――――そこからさらに、二週間が経過した。



「ダメダメ……よりは、まあ少しは成長したですね。いいでしょう。合格点です」


「ぜぇ……ぜぇ……はい? 合格点……?」



 傷と疲労で地に伏している月影。

 傍らにはいつも通り、オープンテラスさながらのテーブルに座ってノートパソコンを広げている青髪の幼女。

 プリントされた評価シートから目を上げ十六夜は、月影に向かって言い放つ。


 淡々としたその声音は、いつもより少し、柔らかいものだった。



「総合評価B。今日をもって、合格ラインは越えたと判断します。――――山籠りは終わりです。次のステップに移行しましょう」


「え……っ」


「ほんの一ヶ月とはいえ。文字通り死にもの狂いの、決して短くない下積み修行、よく耐えたと思うです。お疲れ様です月影さん」



 一生続くんじゃないかとさえ感じていた絶望が、終わりを迎えた。


 毎回毎回、死ぬ寸前まで戦わされる、修行という名の無限戦闘地獄。

 加えて、食事休憩のほとんどは悪戦苦闘の食料調達。今はかなり判別できるようになったが、最初の頃は半分以上が毒キノコや毒草だ。近くに川も無いので水分は自分の魔法で補う始末。魔法を使うことでまた疲弊した体に、ムチを打つ暇もなくまた模擬戦闘で半殺し。ドラゴンは睡眠時間が短いらしく、邪竜に合わせて月影も二時間で起こされる。睡眠不足でフラフラの体がまた戦いへと駆り出される。なまじ魔法を覚えて戦えるようになったものだから、ただ半殺しにされるよりずっと疲れるのだ。そうしてクレイジーなほど酷使した肉体は完璧な治癒魔法でケアされるので、限界を二周も三周も越えてもなお倒れることすら許されない。いっそ殺せと、何度かは本気で思ったほどだ。


 そんな生活が終わりだと突然告げられて月影は、嬉しさより拍子抜けが先行した。

 十六夜に労いの言葉をかけられるのも初めてだ。ぽかんと口を開け、上手くリアクションも取れない月影に、「かははっ」と邪竜が笑いかける。



「何を呆けておる。基礎修行の卒業がそんなに嫌か?」


「いやあ……実感が湧かなくて。邪竜さんには相変わらず勝てないし、何かを達成した感じもしないし……」


「一ヶ月そこらで吾の領域に至れるものか。安心しろ、主はちゃんと強くなっておる」



 そう言って邪竜は、すぐ傍に発生させた異次元の裂け目のようなものに手を突っ込み、何かを取り出す。十六夜が使っている〝アイテムボックス〟と同じような魔法だろうか。

 中から取り出されたのは、一着の、黒い――――空手の道着。



「えっ?」



 ところどころに刺繍がしてある。月影の目元にある〝契約紋〟と似たような幾何学模様だ。

 デザインこそ奇抜でも、間違いなく道着だ。放り投げられたそれをキャッチしながら、突然のことに困惑一色の月影。何故、空手の道着がこの世界に?



「これは?」


「受け取れ。吾からの祝いだ。前世での、主の正装だったのだろう? 十六夜どのから貰った情報を元に再現した。アレンジは加えたがな」


「邪竜さん……っ」


「その祝儀の品とともに吾からも賛辞を送ろう。よくやった。本当にゼロから、才覚も無く……見上げたものだ。吾もそれなりに長く生きておるが、主のように尊敬に値する人間はそう何人も知らん。辛く険しく途方も無い山を登る強さを主はすでに持っておるのだ、あとは魂と肉体がそこに追いつくだけ。安心しろ、主はもっと強くなれる」


「……っ、ありがとうございます!」



 邪竜の言葉に思わず涙腺が熱くなる月影。

 本当に、どこまでも良い人である。一ヶ月もの臨死地獄を月影が乗り越えられたのは、修行相手が邪竜だったという幸運が一番大きいだろう。


 服を脱ぎ、道着を広げ、袖を通してみる。サイズもピッタリだった。


(…………随分、懐かしく感じるな)


 転生してから、ほんの一ヶ月。

 しかし。この形、この手触り、この着心地。強くなろうと研鑽する日々が、遥か昔の思い出のように脳裏に蘇る。


 そして、また、ここから始めるのだ。

 強者への道のりを。あの日の誓いを果たすための終わりなき歩みを。



「さて……プロジェクトのステップアップにあたって、お祝いのプレゼントというわけじゃありませんが、私からもささやかな贈り物があります」


「え、十六夜さんからも?」



 意外な発言が飛び出し、素っ頓狂な声を上げる月影。

 この一ヶ月ずっと、仕事全振りの社畜ロボットみたいな十六夜ばかりを相手にしてきたので、先程の労いの言葉だけで十分サプライズだった。喜怒哀楽や表情の変化の一つさえ珍しいというのに。



「あ、バーベキューのお肉でもくれるんですか?」


「ダメです。思い上がるなです。今のあなたにはあげるとしてもキャベツとピーマンです」


「じゃあ最初と変わらないですね……」


「そうではなく――――私からあなたに贈るのは、〝魔法〟です」


「?」


「しゃがんでください」と十六夜は言う。何が何だか分からないまま、その言葉に従い膝を曲げる月影。すると、


「え?」



 コツン、と。青い前髪をかき上げながら、おでことおでこを合わせてきた。


 数センチ先に見える顔。文字通り目と鼻の先にあるどんぐりのような瞳。見た目が幼女とはいえ、さすがに照れや恥じらいは感じる。


 何をしているのか……と問うより先に、月影の脳内に濁流のように流れ込んでくる〝何か〟。


 ほんの数秒の中で、数年分の情報量が刻み込まれた感覚だった。

 呆けている月影から、女神のおでこは離される。



「私が持つ簡単な魔法を一つ、譲渡したです。正確には、私の中で構築したイメージを共有したです。同じ現象を生み出すための、エネルギーの設計図をインストールしたとでも言いましょうか」


「これは…………いわゆる、『エンチャント』ですか」



 どんな魔法か。どういう使い方か。どうすれば使えるのか。

 全てが今の数秒で理解できた。インストールという表現は言い得て妙だ。



「一言で表すならそうなるですね。〝魔法のエネルギーを対象物に乗せる魔法〟……飛行のエネルギーを与えれば絨毯だって空を飛ぶのです。ギリギリですが……今のあなたの魂強度なら、このくらいの魔法なら扱えるでしょう」



 女神達にとって『才覚ある人間』とは、チート能力の譲渡に耐えられる魂強度の持ち主である。初対面のときに十六夜に聞かされた、そんな話を思い出す月影。


 たった一歩だが、近付いた。

 ちっぽけな魔法がたった一つ、でも明確な、成長の証だ。



「ではぼちぼち、行きましょうか」


「? どこにです?」


「山籠りは終了と言ったはずです。人里に下りるですよ。さあ、乗ってください」



 そう言って十六夜はどこからともなく、竹箒を取り出した。


 ホウキに『乗ってください』とは。

 嫌な予感とともに月影の脳裏に空飛ぶ絨毯の恐怖が蘇る。その予感の正しさが証明されるように、ホウキに跨る形で女神は立ち、その背中にもう一人分のスペースが空いていた。



「いよいよ本当の実戦です。異世界転生プロデュース、ステップ2。――――王女か冒険者か、村娘を助けましょう」


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