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(株)俺TUEEE異世界エージェンシー 〜社畜女神の転生無双プロデュース〜  作者: 一星
第一章 女神は思ったより現代っ子なOL
7/13

その辺のキノコでも食べてるといいです

○前話のあらすじ

ドラゴンの邪竜さんと戦ったよ!

 死が、すぐそこにあった。


 いいや、ほとんど死んだ。『今生きているということはすなわち死んでいない』……ただそれだけの薄氷のごとき理論でしか月影は己の生存を確信できなかった。


 自分の内側から聞こえる心臓の爆音がこんなにも信用できないのは初めてである。次の瞬間『今あなたは実は死んでます』と言われても、月影は何も不思議には思わないだろう。


 何をされたのか、もはや記憶も曖昧だ。地獄のような無数の感覚だけ体が覚えている。

 熱くて、冷たくて、涼しくて、固くて、明るくて暗くて痛くて柔らかくて、夥しくて悍ましくて気持ち悪くて気持ち良くて……その末に、気付けば月影は、パチパチと燃え上がる焚き火の傍で仰向けになって夜空を見上げていたのだ。


 いつ洞窟から出たのかも覚えていない。洞窟入り口手前、森の大自然に囲まれながらオレンジ色の炎が揺れる。


 生とは、死とは。命とはかくも尊くて、儚いものか。しばらく月影が呆然と哲学している傍ら、バーベキューコンロで焼いたウインナーをかじりながら十六夜が何か喋っていた。



「――――だから要は、撞着するようですが、人が魔法を使えるようになる理由は『魔法文明があるから』です。環境が人を育てるという話です。カブトムシの採り方を都会っ子は知らないでしょう? なのでまず最初に、魔法というエネルギーを月影さんに体感してもらうことから始めたわけですが…………ちょっと、聞いてるです?」


「え? ああ……」



 パリッ、とよく焼けたウインナーをかじる音が月影の耳に届く。

 話の内容は全く聞いていなかった。そう伝えると、「まったく、ダメダメじゃないですか」と青髪の幼女は溜息を吐く。



「端的に、あなたが魔法のコツを掴むためのきっかけを与えたんです。修行はこれからですよ、しっかりしてください。肉体ダメージはとっくに魔法で治癒されてるはずです。さっきの戦闘中も、悲鳴と絶叫を繰り返しながら逃げ回るばかりで、全く戦いになってなかったですし、やっぱりダメダメですね」


「いや……それは僕が悪いんですかね?」



 戦いになどなるわけがない。十六夜流に言えば、今の月影は『圧倒的力不足の初期アバター』なのだ。しかし十六夜は呆れたように首を横に振る。



「良い悪いじゃないです。生存競争なんて常に理不尽なものです。説得の言葉が通じない野獣や盗賊はそこかしこに存在しますよ? 勝てっこない、しかし逃げ切ることもできない、そんな相手への対応を見るというのも狙いの一つでしたが……全然、ダメダメでしたね」


「そう言われましても……」



 この数十秒で「ダメダメ」と三回言われる始末。

 月影の自己肯定感はもう瀕死である。



「まあ最初ですし、こんなものですかね。魔法の方は才覚ゼロだとしても、いやだからこそ、戦い方やマインドはさっさと身に付けていただきたいところですが」


「……あの状況、僕はどうすればよかったですか?」


「それを聞いているうちはダメダメです。正直、完璧な正解なんてありません。人から貰った太鼓判に、命運とその責任を預けるつもりです? 命懸けで己を信じられる人だけが、命懸けで他人を信じていいのです」


「う……」



 四回目の「ダメダメ」だった。

 己を信じるも何も、自己肯定感が削られ続けていく。言っていることが正論だと納得できる分、月影の心にもしっかり攻撃的に刺さっていく。



「いいですか、月影さん。逃げるべき時は、あるです」



 焦げ目のついた薄切りカボチャを口に放りながら、十六夜は続ける。



「でも同時に、〝逃げないべき時〟もあるです。生き残るために、誰かを守るために。あるいは単に勝つために、戦術的な意味で。逃げ一辺倒じゃ敵は倒せません。どんな強者にも必ず隙はあります。が、好機があっても突けなければ無意味。怖がるのはいいのです。怖くても、逃げないべき時に勇気を出して踏み出せるかどうか……強者たりえる最低限の資格です」


「……。あー、そうか……」


「? 何か?」


「いえ、前世でも同じようなこと言われたなーって。僕が通ってた空手道場、かなり実戦武術寄りの流派だったんで」



 生き残るための心得、みたいなものを前世の月影は叩き込まれた。スポーツではなく実戦として、時には目突きや金的も教わった。


 いかに急所を守り、いかに急所を突くか。そのせめぎ合いを制するためには、踏み込むしかない。攻撃してこないと分かれば相手はやりたい放題、一方的な詰将棋だ。


 強さを追い求め、空手以外のあらゆる武術をかじった時期もある月影。どの武術でもおよそ言っていることは同じだった。


 戦いの、基礎の基礎。『ノーリスクは無い。踏み出してこそ勝機は生まれる』。



「理解して、常に念頭に置いて稽古してたつもりでしたけど……身に付いてはいなかったみたいです。本当の命の危機に動けないんじゃ意味が無い。いや、まさかドラゴンと戦って実感させられるとは思いませんでしたけどね……」


「前世の、あなたの死因もそれですしね。相手のチンピラがナイフを出してから、足がすくんで逃げ腰で動きは固くて、もう負けるしかないみたいな戦闘でしたよ」


「う……」



 死ぬ間際のことは月影は覚えていない。が、おそらくそうだろうとは思っていた。

 空手道場で、武器への対抗術も稽古はしたはずだ。一切発揮できず、情けない限りだった。


 落ち込む月影への励ましのつもりか、「まあこれでもどうぞ」と、焼きキャベツに焼きピーマンが載せられた紙皿を手渡す十六夜。



「月影さんの、今後の一番の課題はそこかもですね。臆病なのはいいとして、萎縮・硬直・思考停止が致命的です。これから直していきましょう」


「……慣れてますね、修行というか、指導が。戦いにも詳しいようですし」


「まあ、仕事柄。分析も得意です。邪竜さんとの戦いを見て、修行メニューももう組みました」



 どこからともなく、数枚の書類を取り出しヒラヒラと見せる十六夜。修行内容らしきものがびっしりと書いてある。

 殴り書き、書き直し、試行錯誤の形跡。

 この数時間で書いたものと知れば感心させられるほど、びっしりと、膨大な量。


 先程からの的確な指導も然り……この女神はどうやら、ただの漫画脳のOLではなかったらしい。


 本当に、真剣に、月影を強く育てようとしているのだと伝わる。

 才能も無く、不出来で、「ダメダメ」な月影を、それでもなお本気で。


(……お腹、空いたな)


 今さらながら、体が空腹を思い出す。全身がエネルギーを求めている。

 貰った焼きキャベツと焼きピーマンを、貪るように口に運ぶ月影。



「僕はいつか、ちゃんと、ドラゴンと戦えるほど強くなれますかね?」


「なってもらわなきゃ困ります。どんなに最低限でも、〝邪竜さんに勝つ〟くらいは」


「それが最低限ですか……」


「私のスパルタ教育というわけじゃありませんよ? 現実的な話です」



 青髪の幼女は分厚いステーキ肉を噛みちぎりながら言う。



「この世界はどうやら、普通に平安です。邪竜さんも言ってましたし、一度街に下りた私としてもそう思うです。世界を歪ませるほど魔法を乱用している戦乱の時代とは思えません。……こういったケースでは大抵、とある一つの〝イレギュラー〟が要因なのです。何か分かりますか?」


「イレギュラー……何ですか?」


「〝人間〟。それも多くの場合、たった一人のカリスマです。何らかの目的のために世界を歪める、純粋な悪意の塊。あるいは歪んだ正義の成れの果て。感化され、共鳴し、集った人々が築く一大勢力。目的も動向も組織規模も全く分かりませんが……平和な世の中の水面下で、戦乱レベルの闇が蠢いてるですね。たぶん」


「……っ」


「しかも、それほど強大な何かでありながら、世界の管理者である邪竜さんを欺き隠し通せる隠密性。楽天的に考えず、黒幕は邪竜さんより手練れであると見た方がいいでしょうね」



 十六夜の話が全て真実だとしたら、この世界を救うには、きっとその黒幕と戦わなければならないのだろう。


 放置すればいずれ世界と一緒に心中だ。タイムリミットがいつ来るかも分からない。十六夜との契約が無くても、月影が目的を果たすために、どの道世界は救わなければならない。


 なるほどこれは、現実的に、避けられない戦いだ。

 そんな結論に至り、月影は思わず溜息が漏れる。


 ちょっと武術を習っているだけの平凡な高校生。その前世をすでに懐かしいと感じる。



「まあ、ゆっくり強くなっていくしかないです。地道で辛くて険しい道ですが、月影さんなら越えていけるです。――――そう思ったからこそ、私はあなたをスカウトしたのですから」


「十六夜さん……」


「今はまだダメダメですから、私が手を引いて一緒に歩いてあげます。しぶとく、粘り強く。だからあなたも諦めないでほしいです。私達はパートナー。一緒に頑張りましょう」



 無表情。冷淡な声。しかしその中に垣間見えた、淡い炎のような体温。

 ずっと業務的な対応で接されてきたので、不意の優しさに月影は言葉が詰まる。


 一拍置いて「ありがとうございます」と返せば、照れたのか何なのか、青髪の女神はフイっと目を逸らしてバーベキューコンロに手を伸ばす。焼きキャベツと焼きピーマンが乗せられた紙皿が再び月影へと渡された。



「ともあれ、黒幕よりも今は目の前の修行です。まだ魔法を使えるようにすらなってないんですから。まあこれでも食べてください」


「はあ…………十六夜さん、キャベツとピーマン嫌いなんですか?」


「は? そんなことないですが? は?」


「いや別にいいんですけど……肉の方くださいよ」


「嫌です。ダメです。これは全部私のです。修行初日の今日に限り、特別にキャベツとピーマンだけあげるのです。山籠りなんですから、今後は食料も自分で調達してくださいね? 甘やかすと修行になりません。肉が欲しいなら狩りでもするです」


「え」


「無理ならその辺のキノコでも食べてるといいです。大丈夫、毒に当たっても邪竜さんが治してくれます」



 先程の十六夜の言葉は正しかった。

 ラスボスがどうこう以前に、目の前の修行を乗り越えられるかどうかが不安で仕方ない月影だった。


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