ファミマのハムサンド
〇前話のあらすじ
敵をぶっ倒して銀杏を助け出したよ!
それから、三日が経過した。
あの後、銀杏を檻から出した月影は、いよいよ電池切れとばかりにその場で気を失った。銀杏に引きずられ、邪竜に回復魔法を施され、ギルギガントに背負われて、街に帰還し宿屋で寝かせられたのだという。
そのまま三日間目を覚まさなかったので、事の顛末は全て、後から聞く話となった。
まず、あの研究施設は完全に壊滅した。研究員が捕まったという意味でも――――物理的な意味でも。
千体の〝凶暴化〟魔獣と二体のドラゴンが暴れまわって、無事でいられるわけもない。設備も資料も研究成果も全て跡形もなく、後に残ったのはただただ瓦礫の山だった。
「――――と、公式にはそう記録されているです」
そう説明を締めくくる銀杏。
照山の、奥地の、さらに奥地。
修行に精を出せるほどにはすっかり快復した月影は、大蛇のようなワニのような魔獣と戦闘を繰り広げながら、銀杏へ疑問符をぶつける。
「『公式には』?」
「〝青藍〟の目をごまかすための処置ですね。実際のところ、研究データなり資料なりは相当数こちらで回収したですが、そんなことを敵さんにバカ正直に教えるわけにもいかないでしょう。情報戦は立派な戦いなのです。〝青藍〟の研究データの数々は現状、ジルさんと我々以外、ギルドメンバーはおろか、冒険者ギルド総本部に報告さえしてないそうですよ? 〝幻影室〟として、今後の諜報活動に秘密裏に活用しろとのお達しです」
「ふーん……ごまかされてくれますかね?」
「まあ、その場しのぎ感は否めませんが。だからこそ、総本部にさえ報告していないのです。〝青藍〟がスパイやら何やらで探りを入れてきても『本当に何も知らないんだ』と思ってくれるように。それに、本当に重要なデータは全てPCで管理されてたです。まさかこちらがPCの使い方を熟知しているとは思わないでしょうし」
「まさか、オタクの女神とデジタルネイティブの地球人が転生してきてるなんて思いませんもんね……」
「PCといえば――――」
馬のようなライオンのような魔獣の一撃を紙一重で躱しながら、続く言葉を待つ月影だったが、
「…………いえ、やっぱりいいのです」
「? 何ですか」
「こちらの問題です。女神の問題です。月影さんが知っても意味はありません。弊社と私の痴態を晒すだけなのです。月影さんは今はただ、強くなることに集中してください」
「……。強くなることに集中、ね」
そう言われたら余計に気になるというもの。何だというのだ。照山のラボでPCを見て驚愕の表情を浮かべていたことと、関係があるのだろうか。
しかし銀杏が銀杏が言わないと言ったら頑として言わないし、無駄に追及を挑んでみる余裕も、今の月影には無い。
「まあいいんですけど……それは分かってるんですけど、一言、言わせてください」
鷹のようなコウモリのような怪鳥の放つ魔法攻撃の雨を回避しながら、トラのような狼のような魔獣に拳をねじ込み、直後に襲ってきた恐竜のような怪獣のような禍々しいバケモノの一撃を間一髪ガードする月影。
数メートルほど後ろに吹き飛んだ月影は、乱れた呼吸を整えながら、銀杏に物申す。
「修行、ちょっと、激しすぎませんかっ⁉ 三日寝込んでた直後なんですけど僕!」
「うっせぇですよ、完治してるので関係ないのです。――――ほら、あと2分以内に全滅させないと、また追加で魔獣を呼び寄せるですよ。次の追加範囲は周囲500メートル。200体ほどいるですね」
「ゼェ……、もう、すでに、1000体くらい討伐してる気がするんですけど……っ! この山脈から、魔獣絶滅させる気ですか……⁉」
「念を押しますが、魔法は〝月影流〟以外使っちゃダメなのです。使ったら大幅減点です。さあ、あと1分50秒」
今日の修行は、ひたすら魔獣との実戦だった。
銀杏の〝カリスマ〟という魔法で周囲の魔獣を呼び寄せ、ただひたすら戦わされている。制限時間以内に討伐完了しなければ追加というシステムで、かれこれ5時間、1000体弱の魔獣と戦い続けている。
ただ討伐すればいいというわけじゃない。制限時間付きのスピード討伐。余計な魔法を使うことを禁じられた縛りプレイ。すり減る体力は道着の力で回復できるが、その分魔力を消費する。
〝エナジードレイン〟も使用禁止なものだから魂は疲弊する一方だ。これじゃ〝月影流〟の出力も最大限節約しなければならない。が、節約しすぎると当然、討伐し切れない。
制約が多すぎる。考えることが多すぎる。
というかシンプルに、数が多すぎる。
ぶっちゃけ、照山のときの無限組手よりもしんどい。……過去一番の死地よりも辛い修行なんて、許されていいのだろうか。
日傘付きのテーブルに着席して優雅にスタバのコーヒーを嗜みながらマックブックを開けている銀杏を尻目に、月影はひたすら死闘を繰り広げ続けている。
「――――っらぁああっっ‼‼」
回し蹴りが着弾する、爆音。
山中にその豪快な轟音が響き渡り、最後の一体、アイアンベアの上位互換のような禍々しい魔獣が生気を失って崩れ落ちた。
これで、討伐完了。周囲を見渡せば、視界に映る魔獣は全て屍だけだ。
「……残り、6秒。ギリギリですが、条件クリアなのです。いいでしょう。今回の〝修行〟【CR異世界魔獣討伐】はこれにて完遂です」
「ゼェ……あの……ずっと思ってたんですけど、何ですかそのネーミング。『CR』って?」
「要は無限組手ラッシュ突入ってことですね。まあ、18歳未満は分からなくていいのです」
開いたマックブックをパチパチと叩きながら、銀杏は「ふむ……」と考え込む表情を見せる。
「合計10回で連チャンストップ……今の実力の期待値で言うなら、優秀とは言えないですね。できれば単発で終わらせて欲しかったのです。出玉1000発は多すぎです。……おっと、皮肉なものですね。普段とは全く逆の憤り。本当に台で打ってるなら、継続すればするほどアツアツの脳汁祭りだというのに」
「……ずっと何言ってんですか???」
何が皮肉なのか、何に憤っているのか、全く意味が分からない。
が、なんとなくだが、また例によって黄髪女神の俗っぽい人間味を感じる。銀杏の相変わらずな無表情や冷淡な声音からも、色々と察せられるようになってきた月影だった。
「総合評価E。ダメダメです。〝追加修行〟【大量発生】発令です、覚悟しておくのです」
「くっそ――――っ! 何ですかその、名前からもう嫌な修行! 何が僕の身を襲うんだ……? 何が大量で何が発生するんですか??」
「とはいえ、一旦休息です。午後に控えた邪竜さんとの戦闘訓練に備えて、昼食にしましょう」
そう言ってマックブックをパタンと閉じる銀杏。
後回しの未知が一番怖い。結局銀杏は質問には答えてくれず、穏やかじゃない胸中で月影は、ハンディプリンターで印刷された評価シートを受け取る。
「はぁ……分かりましたよ。じゃあ僕も食料調達してきます」
「……ああ、いえ、月影さん」
と、山の奥へ足を向けた月影に、ストップをかける銀杏。
「一帯の魔獣は全滅させましたし、【スクランブル】も【ブルーバード】も無い今、食料調達は月影さんにとってイージーすぎるです。修行になりません」
「うげ……まさか、また何か〝追加修行〟ですか……?」
「いえ。逆というか」
「?」
顔をしかめる月影だったが、予想に反して、銀杏は首を横に振った。
「今回は、免除でいいのです。ステップ20『街を一つ救いましょう』……大きなチェックポイントも踏破したことですし、記念ということで。クリアボーナス予定だった〝エナジードレイン〟はもう前払いで与えてしまったですけど。まあ、今回だけは特別に」
そして。
〝アイテムボックス〟からもう一つ月影用の椅子を引っ張り出しながら、ぶっきらぼうに銀杏は言う。
「ファミマのハムサンド、くらいなら分けてあげるです」
思わぬ言葉に、月影は一瞬声を失った。
――――『ダメです。思い上がるなです。今のあなたにはあげるとしてもキャベツとピーマンです』
――――『食い意地張るなはこっちのセリフですが? 私がこの世で一番許せないのは、私のハムサンドを横取りしようとする輩です』
――――『私のご飯は私のもの、手を出す輩は何人たりとも許しません。有り体に言うと、「てめーは俺を怒らせた」です』
(……あの銀杏さんに、ハムサンドをもらう日がくるなんて)
感慨深いものだ。
今までもらったご褒美の魔法より、どの称賛の言葉より、あるいは邪竜から受けた優しさの数々より……もしかしたら、このハムサンドが、一番嬉しいプレゼントかもしれない。
ぼんやりと感傷に浸る月影に、銀杏はやはりぶっきらぼうに言葉を投げる。
その無表情に滲む照れ隠しは、もちろん月影も見えている。
「さあ、突っ立ってないで。食事休憩は20分なのです。それともハムサンド、いらないんですか? いらないなら私に寄越せです」
「はは。もちろん、いただきます」
着席した月影の前に置かれた、ファミマのハムサンド。
パッケージングされた三角のフォルム。ビニール越しに見えるサンドイッチの断面と、下に書かれた値段とコピー、端っこにちょこんとファミマのロゴマーク。キャンペーンなのか何なのか、お値段そのままでハムが40%増量しているらしい。
ほんの一ヶ月ちょっと前までは、ごく普通の、日常にありふれた、何の変哲もないただのコンビニ商品でしかなかったもの。
開封し、一口、かじる。
(………………ハムサンドって、こんなに美味かったっけ)
それに、懐かしい味だった。
ビニールを開封する音も、そこからサンドイッチを一つ摘み出す仕草も、歯がパンに食い込む柔らかい感触も、口に広がるマヨネーズとハムのジューシーな味わいも、全てが懐かしく。
これを再び食べるためにも、早く強くなって、日本に帰還しようと思える。
ハムサンドたった一つが、月影のモチベーションさえ上げてくる。
食の力というのは侮れない。しみじみと、そう感じる月影だった。
「さて、今後についてですが。食事休憩が終わり次第、邪竜さんと【臨死地獄2】開始なのです。〝追加修行〟【大量発生】も同時進行なのでお忘れなきよう。次なるステージに向けて、今は基礎力を上げるのみです。――――ステップ60『組織の長になりましょう』。間にもまだ細かいステップは刻みますが、とりあえずこの大きなチェックポイントを目指して、頑張るですよ」
「はい。今回も、大変そうだなあ」
でも、きっと越えていける。地道に培った力は必ず形になる。積み上げた努力は無駄にならないのだと、月影はもう知っている。
ハムサンドの最後の一欠片を口へ放り込み、完食。
「ごちそうさまでした」と手を合わせ月影は、エネルギー充填を終えた体で、再び修行へと臨むのだった。




