終焉の時は近い。
◯前話のあらすじ
月影が無茶して頑張ってるよ!
黄色い髪を揺らしながら、銀杏はギルギガントとともに照山を駆けていく。
街に下り、ギルドに応援要請した後、ジルの呼びかけで速やかに所属冒険者が招集された。高ランク冒険者やそのパーティが何人も何組も、今まさに月影のもとへと向かっている。道案内のため、二人は先頭だ。
「くっそ……、時間食った! まだ無事だろーな、月影の野郎! もうかれこれ四時間は経つか……? 応援要請に時間がかかりすぎだ。この緊急事態に、腰の重い連中ばっかで呆れるぜ……っ」
「まあ、タチの悪い冗談だと思われてたですもんね。まるでオオカミ少年です」
ジルの権威で強制招集をかけるまで、冒険者達の集まりは酷いものだった。
『〝凶暴化〟した魔獣が少なく見積もって数百体』――――ギルギガントの報告はほとんど誰も、真剣に耳を傾けなかった。
ジルも言っていたが、ギルギガントは人望はある方である。
だがそれ以上に、あまりにも、彼らにとってその報告は信じられないものだった。
「? 狼……少年? 何だって?」
「いえ、なんでも」
オオカミ少年の物語は当然、この世界の住人は知らない。つい、いつものクセで例えてしまった。そんな自分に、銀杏は心中で失笑をこぼす。
(月影さんとの会話が、『いつものクセ』ですか。……ほんの一ヶ月。そこまで長い付き合いでもないですけどね)
銀杏は、女神だ。
数々の異世界を管理する、高次元の存在だ。
が、だからといって何でもアリじゃない。無敵でも全知全能でもない。
女神には女神の問題があるし、厄介で不自由な〝社会〟に縛られるのは人も女神も同じ。例を挙げれば今まさに、銀杏は会社員として出張中の身である。
この仕事が終わるまで、女神の世界に帰ることはない。この世界から移動することはできない。
どころか、ほとんどの魔法も使えない状態で、才能ゼロの月影と一蓮托生ときたものだ。
短くも長い、濃い一ヶ月。
銀杏の記憶に蘇るのは、決して、ハムサンドの味だけではない。
「……このあたり、だな。改めて警戒を強めろお前ら!」
背後の冒険者達に向けて一喝するギルギガント。
道中に魔獣の死体が散見されるようになってきた。
地面や木々に飛び散った血と肉片。魔獣の多くは心臓を貫かれて死んでいる。戦場はもう近い。
「銀杏、お前の〝サーチ〟圏内には、月影はまだ入んねーのか?」
月影の安否を心配してそう問うギルギガントに、銀杏は淡々と返す。
「元々〝魔力サーチ〟に範囲限界などないですよ。私の魔力と集中次第。月影さんの安否はあえて確認してません。今は最低限、周辺数十メートルの魔獣だけ索敵してるです」
「何でだよ、心配じゃねーのか? 一瞬確認するくらい……」
「月影さんの現況がどうあれ、私達の取るべき行動に変わりはないので。全速力で現地に向かう、ただそれだけです。無駄なリソースを割くメリットがないのです」
「……この短時間で俺も、お前のことはだいたい分かってきたよ。ドライな奴だぜまったく」
「異論でも?」
「いーや、異議なし、正論だ。その年でその徹底した効率主義。末恐ろしいぜ」
呆れた様子でそれだけ言い放つギルギガント。実際にはこの黄髪の幼女は人ならざる存在であり、見た目通りの年齢ではないわけだが、もちろんそんな暴露などせず銀杏は聞き流す。
ただ、一つだけ、
「それに」
と、クールな女神は申し添えた。
「月影さんなら、持ち堪えられるです。体力と魔力は理論上無限。あとは精神力の勝負なのです。何も、数百体全て討伐しろと言ったわけじゃありません。四時間ただ生存するくらい難しくないですよ」
今の月影なら。彼の実力を鑑みれば。
――――『それを信頼と呼ぶのだよお嬢さん』
(……不覚。ジルさんの言葉を思い出させられました……癪な思いですね)
などと。
心中でしかめっ面をしている銀杏は、雑念で〝魔力サーチ〟がわずかに遅れた。
動かしていた足が思わず止まる。〝サーチ〟よりも先に、銀杏の視界に、その光景は飛び込んできた。
「えっ」
開けた場所だった。
学校の体育館くらいはあるだろうか。
その広場の全てが、魔獣の死体で埋め尽くされている。
死屍累々。血肉の海。
殺伐の二文字が具現化したような、まさに地獄絵図。
その中央に、彼はいた。
「ハァ……ハァ、あ……やっと来た。ハァ……遅いですよ、銀杏さん」
疲弊し切って、顔面蒼白。肩で息をしながら座り込んでいる月影。
今ここで、息をしているのは月影だけだった。
「全部、倒しちゃいました……ハァ。よかったですよね?」
〝魔力サーチ〟を全開にして、周囲を探る銀杏。そして、その言葉が真実であることを知る。
〝凶暴化〟した魔獣はこの照山に現在、一体たりとも存在していない。
「おいおい……マジで、どんだけだよ月影お前……っ」
絶句する女神の隣で、ギルギガントは、それ以上の驚愕と呆然に包まれている。背後の冒険者達も言わずもがなだ。
そりゃそうだ。一体出現しただけでも、〝災害〟と表される脅威。
事実、〝凶暴化〟したアイアンベアたった一体に月影は、命からがら辛勝だった。
それがつい昨日の話なのだ。
「……成長、しすぎなのです。月影さん」
「? ぼそっと、何か言いました?」
「いえ……お疲れ様です」
データを超えた、数値を無視した、理論を凌駕した、異常で超常な飛躍。
この数時間、どれほどの無茶を繰り返したことだろう。
(『見極める力が足りない』と、説教したばかりですのに……)
引き際も見極めず、ただひたすら、逃げることなく戦い続けたのだろう。
おそらくは、応援部隊の犠牲を減らすため。
銀杏だって、人命を軽んじているわけではない。が、無情な選択をしなければならないときは、迷うことはない。それが最善の道であるならば。
綺麗事で世の中は回らない。全てを欲張れば、待っているのは破滅だ。
自身のその考えが、間違っているとは銀杏は思わない。
それでも、月影は全てを救ってみせた。
強引に、力尽くで。思いもよらぬ、理屈じゃない限界突破で。
肉体も魔法も、技術も経験も追いついていない未熟なまま。
ただ一点、〝心〟のみで。
「…………」
評価基準で言えば、減点だった。でも今、銀杏は、それを口にする気にはなれなかった。
才能ゼロの月影に、唯一期待していたもの。期待以上だったもの。
銀杏の口から漏れ出た言葉は、素直に。
「お見事です。今はただ、その〝強さ〟に敬意を」
「……照れるじゃないですか。らしくないですね、手放しで称賛なんて」
長い戦いを終えた月影を労うのは、当然のケアである。褒めるべきは褒めねば伸びない。だから別に、『らしくない』などということはない。
そんな、誰に向けたわけでもない弁明が銀杏の脳内を巡りながら。
ようやく事態は解決。
二人して一息ついた――――ところだった。
「……? ――――は?」
まず最初に気付いたのは、〝魔力サーチ〟を発動中の銀杏だった。
続いて、月影の細胞が震える。
やがて、他の冒険者達も、気付く。
その異変に。異常事態に。
気付かない方がおかしい話だ。
見える。聞こえる。空を見れば、その姿が。その咆哮が。
「え……邪竜さん?」
「いえ、別人です。別竜です。……他の竜がまだこの世界に現存していたとは。それも三頭も」
――――BBBooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOォォオオッッッ‼‼‼‼
禍々しく巨大な翼を広げ、殺気と狂気を振り撒きながら、上空を通過していく三頭ものドラゴン。
アイアンベアが〝災害〟なら、この光景は一体何なのだろう。
「……カタストロフ、ですか」
月影が呟いた。
この世界は崩壊に向かっている。一番最初に銀杏が言ったことだ。
終焉の時は近い。




