それは単純に腹が減ってたからだ
◯前話のあらすじ
ギルドに入って秘密の諜報部署〝幻影室〟に任命されたよ!
そうして月影達は、さっそく〝青藍〟の情報収集のため、ギルドマスター勅命の極秘任務に赴くことが決まった。
冒険者としての身分と地位を得て、ギルドの登録や身分証発行など、諸々の手続きを終えた頃にはもう辺りはすっかり暗くなっていた。前払いで受け取った報酬で近くの宿屋に一泊して――――翌日。
初任務。
それも、街の外に出ての任務だ。右も左も分からないが、なにかと入り用だろう。準備を整えるべく街を練り歩く月影達。
と、傍らに人影がもう一つ。
「……何故あなたがいるですか、ギルドランドさん」
「ギルギガントだ。そんな目で見てくんじゃねーよ。……いや、昨日は申し訳ねーってば。さっきも謝っただろ。ギルマスにも、あとマロンちゃんにもこってり絞られたしな」
ギルドを出て街を散策している二人に先程、追いかける形でギルギガントが合流したのだ。
「謝罪」と言って近くの店でスイーツをご馳走してきたまではいいのだが、食べ終えて準備を進める月影達にそのまま同行してきたのだった。
「はい、許しました。ではさようならどこぞへとお去りください」
「許してねーだろそれっ! あからさまに邪険に扱うんじゃねーよ!」
「許しました。でも許すかどうかと快・不快は全く別の話なのです」
「俺が一緒にいると不快ですか……」
「ついでに不愉快で不可解です」
取り付く島もない。一刀両断、はっきり物申す冷徹な黄髪女神である。
「僕は大丈夫ですけどね……」と、気持ちばかりフォローを入れる月影だったが、そんなものは無視して女神の言葉は続けられる。
「不可解どころか、理解不能です。あれだけのトラブルがあった翌日に、よくもまあ涼しい顔して私の前に現れましたね。プライドの高い人間だと、先日は見受けられましたが」
「そりゃ冒険者として、積んできたキャリアに誇りは持ってるよ。けど、自分の間違いを認めねーのは全く別の話だろ。恥かいた程度で傷つくプライドなんてのはクソだ」
「……ご立派で。そんな見上げた持論があるなら、最初から絡んでこないでほしかったですね」
「だから悪かったってば……。てっきり、マロンちゃんが変テコな輩に騙されてると思ったんだよ。会話に耳すませたら、毒とか邪竜とか死神とか、血まみれの瀕死体とか聞こえてくるしよ。他にも、コネでギルド入るとか冒険者フルボッコとか言ってなかったか?」
「…………」
「…………」
月影達の言動こそ元凶だったらしい。
言い返せない。バツの悪そうな表情で目を背ける銀杏と月影だった。
「まあギルマスが認めたっつーことは少なくとも悪人じゃねーってことなんだろーが……おい、どこ見てやがる? 聞いてるか俺の話?」
「…………まあ、アレです。そうです。どうあれ、私の栗プリンを奪ったのは言い訳できません。それとも、何か別の理由があるとでも?」
「それは単純に腹が減ってたからだ。マロンちゃんの料理は美味すぎるからな」
「罪悪感の全てが今消えたです。あとふざけんなです」
とは言うものの、これ以上邪険に追い返そうとするのもバツが悪いと見える。
厄介者を見るような目は継続しつつも、拒絶の意はかなり薄れていた。
「そんで? お前ら結局、何者だ? 戦ってみて痛感した。悔しいが、格上どころじゃねー、住む世界が違う。そんな連中が、何で無名の新人冒険者やってんだよ」
「何者でも無いです。ジルさんから聞いてませんか。山奥で修行してた以前は記憶が無いのです」
「いやいや、んなわけ…………まあいいけどよ。そーゆーことにしといてやる。信用していいんだよな? 今の話じゃなくて、お前ら自身を」
「お好きに。思想は自由かと」
これ以上問うても真実を語ってくれることはないだろうと悟ったようで、追及を半ば諦めた様子のギルギガント。
素っ気ない銀杏に代わり、月影が話の舵を切り、話題を逸らす。
「えっと、ところで結局、ギル……えー、ギルさんは何故ここに? 僕達に何か用ですか?」
「ギルギガントだ。ギルマスに言われたんだよ、『新入り二人の面倒を見てこい』……俺も仕事だ。これでも、〝教育指導室〟のトップだからな、俺は」
「教育指導室? 何です?」
「〝夕暮れ紅葉〟にはいくつか専門部署みてーなのがあるんだよ。他にも〝護衛室〟とか〝魔力研究室〟とかな。ギルド自体は多岐に渡る依頼が舞い込む〝何でも屋〟だが、その依頼を誰でも何でも自由に受けるのは非効率っつーか、得意な奴が担当した方がいいだろ。たとえば人探しの依頼があったとき、〝探索室〟に声をかければ手段も人材も豊富に揃ってる」
「へえ……そういうことか」
「? 何がだ?」
「ああいや、何でもないです……こっちの話で」
思わず漏れた言葉を、慌ててごまかす月影。
月影達が配属、というか新設された〝幻影室〟というのは、その系譜だったらしい。が、その特性上、身内であってもできるだけ隠匿するようジルから言われていた。秘密の部署だ。
「中でも、〝教育指導室〟っつーのは文字通り、未熟な冒険者の育成を担う部署だ。ギルドの採用面接や昇格試験なんかも俺達がやってんだぜ。依頼があれば家庭教師に出向いたりとかな」
「ふーん……。じゃああのときの、ギル……ギラギラントさんの手下みたいな二人も、そこの部下ってことですか?」
「ギルギガントだ! 眩しそうな名前だな! ……ああそうだよ、あいつらも〝教育指導室〟のメンバーだ。まだまだ末席だがな」
「今回はお連れじゃないのですね。お一人で?」
「ああ。あいつらにはペナルティを与えた。いくら頭にきたからって、罪の無い女子供に殴りかかる男は論外だ。今頃は近くの鉱山で無償労働に精を出してるだろーよ」
知れば知るほど、マトモな価値観の持ち主である。初対面の最悪の印象が嘘のようだ。
「まあ、殴りかかったどころか秒で返り討ちにされた幼女相手に〝教育〟というのも滑稽な話ですしね。あなたがいるだけでも必要性が分からないですのに」
「ぐぬ……痛いところを的確に刺すんじゃねーよ。強さじゃ敵わなくても、冒険者としての経験値なら負けねーっての。定石、マナー、規定事項……お前達ルーキーに教育すべきことはいっぱいある。まずは、そうだな。ちょうど近くに店がある。遠征の必需品を揃えるぞ」
そうしてギルギガントは、無い威厳を絞り出すようにズカズカと、店へと先行していく。
「ちょっと待っとけ」と一言残して入店していった彼。店主らしき人物と何やら話し合っている。
今さら、無視して放置してこの場を離れよう、という流れでもない。溜息混じりに従って待機する銀杏。月影ももちろん異論ない。
「……そういえば」
と、店の外で待たされている最中、月影が切り出す。
「結局誰にも言わないんですね、僕達の正体。そりゃまあ、言ったところで到底信じがたい話ではありますけど」
「基本的に隠す方針ですよ。最初にマロンさんに告げたことだけが例外です。今後の関係値のため、最大限の誠意を示す必要があったですし、何より子供でしたので」
「大人ではダメですか。特にギルドマスターなんかは、深い信頼を築くべき人では?」
「ダメというか、言ったはずです。損得や利用価値だけが判断基準の、意地汚い大人に身バレするのがマズいのです。女神と異世界人なんて話、信じられてしまうほうがむしろ問題でしょう。十分に注意を払ってください。それとも、月影さんはどこぞの研究所で軟禁されての人体実験がご希望で?」
「…………」
「社会というシステムの構造上、基本的に大人というのは非情で合理的な歯車に過ぎませんよ。逆に言えば、誠意や熱意を示さずとも、大人から信頼を得るというのは比較的容易です」
冷たく言い放つ、合理主義の女神。
女神の世界にも社会はあると、初対面時に言っていた。おそらく、というかほぼ間違いなく、実年齢は月影よりも遥かに上であろう銀杏。その声音からは、見た目年齢には到底そぐわない人生経験を感じさせた。
でも、それは、
(……少し、寂しい考え方だな)
人間と女神の、価値観の違い。あるいは、人それぞれの個性の範疇かもしれないが。
人情を非合理と一蹴してしまう、ある種の真理。
月影自身も、それが正論だと理解できてしまうことが、何よりやりきれなかった。
「話は変わりますが――――本業に関してです」
と、改まるように話題の舵を切る銀杏。
「『冒険者ギルドで一目置かれる存在になりましょう』。ステップ4はこれにてクリアとなります。総評としましては、まあ順調ではあるかと」
いつの間にか取り出していたノートパソコンを立ったまま手に持ち、カタカタと何やら打ち込んでいた。器用なものである。
「結果的には悪目立ちのショートカットルートになりましたが、波風が立ってこれからの冒険者生活に支障をきたすなどということもなく、比較的穏やかに着地できて何よりですね。今回の目標設定の本質は『今後の活動のための地位を得ること』なので、十分〝達成〟と判断するです。おめでとうございます」
「悪目立ちルートになったのは銀杏さんがブチギレたせいですけどね……」
「長期想定のプランがごっそり時短できたので結果オーライです」
「いや、別に何でもいいですけど……この先はしばらく、情報収集しながら修行の日々ってところですか?」
「概ね、おっしゃる通りです。話が早いですね」
「まあ、他にできることも無さそうなので」
拠点を得て、人脈を得て、立場を得た。特段、これ以上すべきことは月影には思いつかない。
秘密結社〝青藍〟とやらが本当に〝世界の歪み〟の原因なのかも不明だし、これから地道に虚実入り交じる情報を集めて精査していくしかないのだろう。
世界の管理者たるドラゴンや、高次元存在の女神が分からない真実に、そう簡単に辿り着けるとは思えない。
ましてや、現在の月影の実力で解決できる案件だとも。
良く言えば、ようやく生活が安定したと言えるか。
激動のスタートアップで基盤を築いてきた異世界生活が、今ようやく、開幕へ。
「ステップ5は『名実ともにギルドで一番の実力者になりましょう』です。が……月影さんの場合、置かれた状況がちょっと特殊なのです。少し考えて、修正します」
「秘密の諜報員になったからには、大手を振って名を上げるわけにもいきませんしね……」
「なのでとりあえずは、各パラメーターの総合的な底上げに集中ということで。ギルド〝夕暮れ紅葉〟所属の冒険者として、〝幻影室〟の諜報員として、各地に赴き情報を集める。その報酬で生計を立てつつ、〝世界の歪み〟へと迫る。並行して月影さんの〝修行〟遂行は言うまでもなく。――――しばらくは、この生活を続けるです。何か大きなイレギュラーがあれば方針も変更するですが……まあ、良くも悪くも、あまり無いからこそイレギュラーです。社会、経済、平穏、日常……すでに安定して噛み合っている歯車の連動は、そう簡単に乱れないものですよ」
平常運転のクールな声で、淡々とそう断言する銀杏。
女神のお墨付きももらったことだ、やっと一息つける。もちろん実労働は続くだろうが、この精神的休息は大きい。月影の内心で一抹の喜びが湧いてくる。
しかし。
運命というのは得てして、予想通りには動いてくれない。こんな呑気な認識をしている二人は、このとき、まだ気付いていなかった。
女神と異世界人がこの世界に降り立ったことそのものが紛うことなきイレギュラーであり。
とっくに歯車は食い違い、狂い始めているということを。




