3-3.
「八人組? オーディションの合格者は八人いたってこと?」
「えぇ。ですが、『EVERLASTING』でメジャーデビューする一ヶ月前、突然メンバーの一人の脱退が発表されたんです」
「それが『ミチル』?」
本堂はうなずき、スマートフォンの液晶画面に映し出されたネット上の記事を成美に見せた。
「平良倫瑠。特にダンスは世界レベルと言われるほどの実力者で、二年前のオーディションも上位で合格を勝ち取ったメンバーでした」
成美は本堂からスマートフォンを受け取り、記事にざっと目を通した。本文に入る前に掲載されている写真はオーディション合格時のものだが、二十二歳という年齢の割に若さよりも落ちつきを感じるのは目つきの柔らかさゆえだろうか。写真だけでは世界レベルだというダンスの実力は量れないけれど、優しげな表情といい、容姿だけでも十分人を惹きつける魅力がある若者だった。
書かれた内容を鵜呑みにするなら、平良倫瑠は本人の希望により活動を辞退したということだが、先ほどの三栗谷悠斗の発言、マネージャーの河辺の態度を勘案すれば、真実が別のところにあることは想像に難くない。
「その後、彼はどうなったの?」
「さぁ、どうなったんでしょうね。テレビで彼の姿を見たのは、それこそオーディションの時が最後ですから」
成美から戻ってきたスマートフォンを再びさくさくと操作しながら本堂は言う。
「うーん……ざっと調べた感じだと、オフィスブルーの所属アーティスト一覧に彼の名前はないですし、ネットで検索をかけても、彼に関する情報はBillionを脱退したところで止まっているみたいです。かつて所属していたダンスチームに戻った様子もなし。Billion脱退を機に、彼は芸能界から完全に姿を消してしまったようですね」
「SNSはどう? 平良倫瑠個人のアカウントはないの?」
「あります。最後の更新は二年前の九月。Billionの脱退を発表する直前ですね」
「じゃあ、脱退についての本人のコメントは?」
「なにも書かれていません。最後に更新された内容は、レッスン中に事務所の先輩から差し入れをもらったというものですから」
「妙ね」
「えぇ。記事のとおり、自分の意思でBillionを脱退したのなら、個人のSNSでも報告があるのが普通です。そもそも、何千人と応募のあったオーディションを勝ち抜いてつかんだ夢なのに、デビューもしないまま脱退なんてヘンですよ。よほどの事情がなきゃ起こり得ない事態です」
「よほどの事情って?」
「それは……わかりませんけど」
そう、わからないのだ。もしもそのようなのっぴきならない事情があったのだとしたら、それを説明する場こそSNSの個人アカウントだっただろう。だが、平良倫瑠がそのツールを使った形跡はない。
なぜ使わなかったのか。あるいは、使うことができなかったのか。
――警察は、倫瑠くんのことを見つけてくれてないですよね。
三栗谷の言葉が、閃光のごとく成美の脳裏を貫いた。
「順序が逆なんだ、きっと」
「逆?」
「そう。平良倫瑠はBillion脱退をきっかけに芸能界を去ったんじゃなくて、芸能活動ができなくなってしまったから、Billionを脱退しなくちゃならなくなったのよ」
「芸能活動ができなくなった?」
「さっき、あの三栗谷って男の子が言っていたでしょう、警察が平良倫瑠を捜してるって。平良倫瑠は行方不明なのよ。警察を頼らざるを得ないくらい、どこを探しても見つからなかった。だから彼はBillionを抜けたのよ。消息がつかめないんじゃ、グループとして活動することはできないから」
「じゃあ、平良倫瑠が本人の希望で脱退したっていうあの記事は」
「所属事務所が故意に彼の意思として発表した、偽りの内容だったんでしょうね。ただ、事務所としても苦渋の決断ではあったと思う。平良倫瑠が消息を絶ったのはBillionのメジャーデビューが一ヶ月後に迫った大事な時期だった。デビューを延期したところで彼が戻ってくる保証はない。だったら、予定どおりのスケジュールのまま、七人組としてデビューさせるしかない。そう判断したんでしょう」
「そうか。それで平良倫瑠が自主的に活動を辞退したことにしたってわけですね。行方不明になったと知れたら騒ぎになるし、残る七人の華々しい門出に傷がついてしまうから」
成美は白い天井を仰ぐ。
二年前、メンバーの一人が行方をくらまし、昨夜、別の一人の尊い命が奪われた。
一つのアイドルグループで、二度も不穏な事件が起きた。偶然で片づけることはできない。
二年前の失踪事件が、今回の不可解な殺人事件の裏にはある。犯人がくだんのカードに込めた本当の意味も、二年前の事件をたどればわかるかもしれない。
「本堂、平良倫瑠について調べてくれる? どこかの警察署が捜索願を受理しているはず」
「了解です。なにかわかり次第連絡を入れます」
駆け出した本堂の背中を見送る。入れ替わるように、二人の男の影が成美の前に現れた。
二人ともキャップをかぶっていたが、記憶の中にある写真と照らし合わせれば誰だかわかる。黒いキャップから金髪が覗いているほうが、Billionのリーダーを務める貴島慎平。それから、ハイブランドの茶色いキャップと真っ赤な髪が一番に目を引く一方で、素朴な顔立ちがおとなしそうな印象を与える少年、今岡灯真。
ステージの上では高価な宝石のように輝いて見える彼らも、仲間の死を前にすればその表情はどこまでも暗い。不安な心情をありありと映してこちらへ近づいてくる二人の若者を、成美は値踏みするようにじっと見つめた。
彼らにもまた、命を狙われるような理由があるのだろうか。あるいは、二年前に行方をくらませたらしい平良倫瑠にも。
成美と視線が重なった貴島慎平が「おはようございます」と頭を下げてくる。隣を歩く今岡灯真も消え入りそうな声で挨拶をした。
成美が「早朝からお呼び立てして申し訳ありません」と言うと、二人とも成美が警察関係者であることを悟ったようだ。目を合わせ、互いに緊張した様子で立ち止まる。
本堂から説明を受けていなければ、彼らが普段ボーイズアイドルとして表舞台で活躍しているとはとても信じられそうになかった。そこらにいるごく普通の若い男。樹がもう少し成長したら、今の彼らのようになるだろう。
成美のいだいた正直な第一印象は、アイドルという仮面をかぶってようやく彼らはステージに立つことができるのだということを悟らせた。人間誰しも他人には見せられない裏の顔を持っているものだが、そういう意味では、彼らもまた成美たちと同じ世界を生きる人間の一人に過ぎないのだと実感する。
だから殺人が起きたのだ。
人間とは、想像よりもはるかにたやすく道を踏みはずす生き物だから。
偽りの仮面をはずした二人の若者を見て、成美は思う。
人気アイドルという顔の他に、彼らにはいったいいくつの顔があるのだろう。
剥がした仮面のすぐ下が、素顔とは限らないかもしれない。