通しゃんせ②
中に一歩足を踏み入れた瞬間、どろり、と何かが背筋を伝っていくような、あるいは沼に沈んだような感覚がした。
___罠!?
慌てて周囲を見渡してみるけれど、何もおかしな点はない。じゃあこの感覚は一体なんだろう、と思いながらもまた一歩踏み出すと今度は足を取られてしゃがみ込んだ。
「神原くん?」
ふと、先を歩いていた風早様が不思議そうに振り返った。それに気付いて平里さんも足を止める。
「お二人は、何ともないんですか・・・?」
「え?・・・平里、何か気付いた?」
「いや、特には・・・。神原、何かあったのか?」
「いえ・・・なんともないなら良いんです。先に進みましょう。」
そう言って重い脚を引き摺って僕が立ち上がると、風早様は心配そうに僕に目を向けて再び歩き出した。
歩き始めて暫くたった時___ちょうど、真新しい木製の階段の前に差し掛かった時。突然キーンと耳鳴りがしてずしんと身体が重くなった。まるで重力が倍になったみたいに。
なにが___!?
たまらず僕が倒れ込むと風早様が焦った様子で僕に呼びかけているのが見えた。けれど、耳鳴りがうるさくてよく聞こえない。
立ち上がれずに僕が這って移動しようともがいていると、平里さんは少し考えて僕を抱えあげてくれた。
「調子悪そうだけどどうする?外で待ってるか?」
「いや、それは駄目だ。」
「・・・なぜですか?このままでは危険なのでは?」
平里さんが僕にそう提案するも、即座に風早様に却下されていた。理由を平里さんが問いかけるも、風早様はただ、首を横に振るばかりで、口を閉ざして語らなかった。
僕にとってはこのまま一人で戻るより一緒に行った方が安心ではあるけれど・・・。
僕が言葉の意図を汲みかねていると、ふと風早様が口を開いた。
「ところで、何か気付いたことはあるかい?」
気付いたこと?・・・そういえば・・・。
「この階段・・・。この上から変な圧が・・・」
僕が階段に目を向けながらそう言うと、風早様と平里さんはお互いに目配せをして頷いた。
僕にも分かるように声に出して欲しい。・・・けど、久山さんを助けるのに手間取るくらいなら分からなくても良いのかもしれない。
そうやって無理やり疎外感を誤魔化すと、自分にかかっている力に集中してみた。上から押さえつけられてるような感覚。・・・あとはひんやりとした空気感。ちょうど、風邪を引いた時の寒気に近い気がする。
他には何かないかな。なにか、手掛かりになりそうなもの・・・。改めて階段をよく観察してみると、木造の階段の隅に埃がうっすらと溜まっているのに気付いた。なのに真ん中だけ綺麗になっているから、普段はあまり使わない、かつ直前に誰かが使ったのだろう。段差が狭くて急勾配になっているから、子供とか老人が使うにはむいてなさそうだけど・・・。あれ?
「あ、平里さん」
「どうした?」
「階段の端に何か落ちてない?」
「え?・・・あ、あれのことか?」
平里さんがそれをクイッと顎で指し示すと僕はそうです、と頷いた。風早様はそれを拾い上げると、不思議そうに呟いた。
「大吉・・・?」
「見せて下さい。・・・あ、おみくじキーホルダーの札ですね。」
「おみくじキーホルダーってなんだい?」
横から覗き込んだ平里さんが腑に落ちたように頷くと、風早様は首を傾げた。
「あれ、風早様知らないんですか?ちょっと前に流行ったんですけど。」
「知らないなぁ。神原くんは?」
「僕もちょっと・・・流行りものには疎くて・・・」
平里さんは少しショックを受けたように目を見開いてブツブツと独り言を言い始めた。
「マジか・・・それとも名家って流行に対してこんなもんなのか・・・?」
「あの、平里さん?それでおみくじキーホルダーって・・・?」
「あ、すまん。おみくじキーホルダーってのは、招き猫とかこけしとかの形のマスコットの付いたキーホルダーで、そのマスコットを振ると『大吉』とか『凶』とか書かれたプラスチックの札が出てくるっていうやつ。結構みんな筆箱に付けたりしてたと思うんだが・・・」
僕が恐る恐る声をかけると、ハッとした様子で平里さんは説明をしてくれた。へー、と思いながら聞いていたけれど、不意に思い出したことがあった。
そういえば、久山さんの筆箱に、招き猫のキーホルダーが付いていたような・・・。まさか。
僕がバッと天井を見上げると、平里さんは驚いて二、三歩よろめいた。
「神原?」
平里さんが不思議そうに呼びかけた直後、パチンっとシャボン玉が弾けたような音がした。
「ッ!二人とも!」
風早様がそう叫ぶや否や、廊下の奥やからわらわらと黒ずくめの人々が集まってきた。
「松也様!見つけました!」
黒装束の一人が声を張り上げると、人混みの奥から一人の少年が現れた。
「はいはいご苦労さま。・・・風早様。このまま大人しくお帰り頂けませんか?我々も手荒な真似はしたくありませんので」
松也と呼ばれた、僕と同年代に見える黒髪の少年は、薄っぺらな笑みを貼り付けながらそう言った。
「生憎だけど、そう言う訳にもね。あの子に用事があるんだ。」
風早様もこれまた薄っぺらな笑みを貼り付けてそう答えた。
「そうですか。それじゃあ、仕方ないですよね。オイ、お前ら。あのガキ二人何とかしろ。」
少年は荒い口調になると、背後に控えていた黒装束に僕らを始末するように指示した。
「松也様、ですがあの子供は本家様の・・・」
「本家?どーせ末席のことなんて覚えてないだろ。現に何も言わないわけだし。」
本家の・・・?どういうことだろう、父上に教わった親類の中に『久山』の名字はなかったはず。
僕が反論しようとしたところで、平里さんが黒いソフトボールのようなものを彼らに向かって投げた。黒装束のうちの一人が素早くソレを叩き落とすと、ボンッと白い煙に辺りは包まれた。
「神原!しっかり捕まってろよ!」
平里さんはそう言うとダっと走り出した。よく見えないけれど、階段を駆け上がっているみたいだ。足音のよく響く階段を登りきると、迷路のように入り組んだ廊下が現れた。
「クソ、もう時間が・・・」
平里さんはそう呟いて足元や壁をキョロキョロと見回していた。けれど、不自然な程に埃ひとつ、傷ひとつもないこの場所では彼の目の良さも役に立たない。
久山さん、どこにいるんだろう。もしもこの淀んだ空気と関係があるのなら、近付いているのはわかるんだけど。
そう思ってうーんと唸ると、
パリンッ
と、なにかが壊れる音が聞こえた。
「平里さん、今の音」
「え?音?」
何かしたか?と平里さんは首を傾げる。気のせいだったのだろうか。あれ?いや、もしかしてこれは___。
「ごめん、平里さん。降ろして。」
「え、でもお前動け___」
「降ろして。」
平里さんの言葉を遮って僕がもう一度言うと、平里さんは渋々といった様子でそっと床に僕を降ろした。
相変わらず重力は僕の敵のまんまで、立ち上がることもできない。でも、地を這ってでも。たとえ何か失うことになったとしても。絶対にやってみせる。
辿り着きたいだけなら迷路をクリアする必要はない。最短ルートで突っ走れば良いだけなんだから。
覚悟を決めた僕はありったけの霊力を身体に循環させ始めた。
なんでかは、分からないけれど。
今なら、何だってできる気がするんだ。