通しゃんせ①
大晦日。
辺りもすっかり暗くなってお月様が顔を出す頃。
僕は風早様と平里さんに連れられてあるお屋敷に来ていた。
と、いうのも。実家で明日の新年会の準備をしていたら急にやってきた風早さんに呼び出されて、そのまま車に押し込まれたからだ。
あれ、一歩間違えたら誘拐になるんじゃないかな。僕で良かった。
内心少し呆れながらも、門を隔てた先のお屋敷を僕は見上げた。西洋の館を無理やり和風建築にしたような見た目の、丹塗の壁に黒瓦屋根の本館。そして少し離れたところにある五階建て程の古びた瓦屋根の五重塔が、真新しい空中廊下で本館と繋がれていた。
・・・上手く言えないけれど、なんだかちょっと歪な感じがする。誰の家なんだろう、と思って門扉の横に掛けられた表札を見ると、『久山』と書かれていた。
久山・・・もしかして、久山さんの家?どうして連れてこられたんだろう。
「これはこれは風早様。連絡も無しにどういったご用件でこちらに?」
僕が考え込んでいると、いつの間に来たのか慌てた様子の壮年の男性が風早様に話しかけていた。
「ああ、御当主殿!丁度良かった。楓さんを呼んでもらえませんか?彼女に用があって。」
風早様がにこやかに男性に話し掛けると、男性は一瞬びくりと肩を震わせてわざとらしく考え込むような仕草を見せた。
「できませんか?」
「楓、というと・・・ああ。あの子は今体調を崩しておりまして、とてもお会いになれる状態ではないのです。言伝ならば私が預かりますが。」
風早様が再度問いかけると、男性は薄っぺらな笑顔を貼り付けてそう返した。
・・・嘘だな。嘘を吐いている時の表情だ。散々見てきた僕にはわかる。でも、それなら久山さんはどうして会えないんだろう。
僕が口を開こうとすると、その前に風早さんが声を発した。
「おや、そうでしたか。それは心配ですね。せめて見舞いだけでもさせて下さいな。」
風早様がにっこり笑ってそう言った。さも心配してます、というような声色だったけれど、瞳の奥が笑ってない。きっと本心では別のことを考えているんだろうな。ちょっと怖い。
「いえ、熱が高いので無理させる訳には・・・それに、万が一うつしたら申し訳ないので」
「それなら本人には内緒でこっそりと様子だけ見させて下さい。」
「それもちょっと・・・」
早く帰って欲しそうに拒否し続ける御当主さんと、食い下がり続ける風早様。一体どうして、そこまでして久山さんに会わせたくないんだろうか。もしかして何か隠し事をしている・・・?
そう思って首を傾げていると、平里さんが僕の肩をトントンと軽く叩いた。
「平里さん?」
振り返って呼びかけると、平里さんは
「悪いな。」
と僕をひょいっと抱き上げた。俗に言う『お姫様抱っこ』ってやつで。
「え!?」
「風早様。もう時間が・・・」
な、なんで・・・!?
僕は戸惑って声を上げた。それを気にもとめず平里さんは焦りの滲んだ声で風早様に呼びかけた。
「そうか。それなら」
風早様は静かにそう言うと右手を軽く振り上げた。
「陰陽寮直参、風早家当主の名において命じる。」
「久山楓丙等級陰陽師候補生を此処へ連れて来るように。」
「・・・は?いや、お待ちください!先程も申し上げた通り・・・」
なおもそう言い訳をする御当主さんを見つめると、風早様は深いため息をひとつ吐いた。
「仕方ない。平里、神原くん。強行突破するよ。」
「はい。」
「あの、一体何を___」
しようとしてるんですか、と言い終わる前に平里さんと風早様は門扉目掛けて駆け出した。僕は抱き上げられたまま眼前に迫り来る固く閉ざされた扉を見つめることしかできなかった。
なんでこんなことを・・・!?誰か説明してよ!
どんどんと迫る門扉との距離に、ぶつかる、と思ってぎゅっと目を瞑った。すると、刹那の浮遊感と、キンっと何かを通り抜けた感覚がした。恐る恐る目を開けてみると、目の前に先程のお屋敷が近付いていた。
どうやら門ごと飛び越えたらしい。・・・跳躍力、すごいなぁ。
「よし、侵入成功だね。最初からこうすれば良かったかもね。」
「思ったより低ランクな結界でしたね。そりゃ・・・なるわなぁ・・・」
あまりにもあっさりと入れたことに拍子抜けしていると、風早様は珍しくニタニタと笑って、平里さんは苦虫を噛み潰したような顔でそう言っていた。
『なる』ってなんのことなんだろう。
そう思ってじーっと平里さんの顔を見つめていると、平里さんは思い出したかのようにハッとして「悪い、今説明する」と言いながら僕をおろしてくれた。
「急いでたとはいえ、説明もなしに連れてきて悪かったな。一刻を争う状況なんだ。」
平里さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、あの!頭を上げてください!それよりも一刻を争う状況って?もしかして久山さんになにかあったんですか?」
平里さんの尋常ではない様子にワタワタとしながら僕がそう質問すると、風早様が平里と僕の間に割って入った。
「その説明は私にさせてもらえる?」
「風早様。でも久山家の内部ですし、異能者が来たら・・・」
「ひとまずは大丈夫だよ。私たちの周りに目隠しと防音の結界を張るから。・・・簡易的だけども、甲等級でもなければ見破れないはずだよ。」
ふわん、としゃぼん玉みたいな膜を張ると、風早様は平里さんににっこりと笑いかけた。
こんなに簡単に結界が張れるなんて、やっぱり此岸級ってすごいんだなぁ。しかも短時間でそんな高度な効果を付与できるだなんて。
僕が感心して結界を見つめていると、風早様はパンっと手を軽く叩くと僕に向き直った。
「じゃ、神原くん。簡単に今の状況を説明させてもらうね。」
「はい!お願いします」
僕の返事を聞いて、風早様は満足気に微笑むと次のように語った。
・冬季休暇に入ってから久山さんと連絡が取れないこと
・久山さんが家のどこかに監禁されているらしいこと
・もしかしたら異能封じもされているかもしれないこと
「えぇっと、つまり久山さんは今危ない状態かもしれないってことですか・・・?」
「そういうことだな。」
「あ、あと久山家は神原家の分家だからもしかしたら部屋自体に細工がされてるかもね。」
「え!?久山さんって親戚だったんですか!?」
僕がとても驚いて(なんなら今日一番声が出たかもしれない)、風早様の方へ顔を向けると、風早様は少し悲しげな顔で頷いた。
「そうだよ。だから彼女はいつもプレッシャーをかけられてたんだ。」
風早様はそう呟いてお屋敷を眺めた。
「もし彼女を救助できたら、君が本当の家族になってあげてね。それは君にしかできないことだから」
そう言いながら困ったような顔で微笑む風早様に、僕は頷くことしかできなかった。
どういう意味なんだろう。実は兄妹!・・・とかではないだろうし。
考えれば考えるほど分からなくなって、とりあえず後で考えることにした。
「・・・あの。それで作戦はあるんですか」
「作戦?・・・うーん」
風早様が唸って黙り込むと、平里さんは目が飛び出そうなくらい驚いた表情になった。
「考えてないんですか!?」
「特には。」
ないんだ、作戦。一気に風早様がダメな人に見えて来ちゃった・・・。
僕が落胆していると、ふと何かを思いついたように風早様は呟いた。
「ああ、でも神原くんが鍵にはなるかな、仮にも彼女と対の権能な訳だし。」
「対?」
訳が分からず首を傾げていると風早様は「そのうち分かるさ」と微笑んだ。
「あー・・・じゃあ役割と方針だけ決めさせて貰いますね。ちょっと失礼します。」
呆れたように平里さんはそう言って、二の腕のポケットからガラケー端末を取り出してカコカコと何かを打ち込んだ。
「はい。これで良いですか?」
平里さんは打ち込み終わると画面を僕らに見せた。どうやらメモ帳機能を使ってたみたいで、
・方針:なるべく戦闘回避
・目標:久山楓の速やかな救助
・前衛:俺、中衛:風早様、後衛:神原
と表示されていた。
「うん、大丈夫だと思うよ。神原くんはどう思う?」
「僕もこれで良いと思います。」
僕と風早様が頷くと平里さんも頷いて端末をしまった。
「よし、じゃあ行きましょうか。」
「そうだね、神原くん。準備はいいかな?」
「はい!」
僕が力いっぱい頷くと、風早様はかすかに笑ったような気がした。気のせいかな。
手早く平里さんの指示で隊列を組むと、僕らは本館の中へと足を踏み入れた。