オウマガトキ
「オーマガトキ……」
『そう。一説によれば元は大きな災いの起こる時間___大禍時だと考えられていたのが変化して逢魔が時になったらしいけど、意味合いは昔から変わっていないんだよ。
まぁ、要するに……良くない時間帯ってこと。』
静かに耳に入ってくる穂稀さんの解説に、嫌な予感がした。
『大きな災いが起こる時間』。
なら久山だけが生き残ったのは、まさか___
「……平里!急がなきゃ!」
「ああ!早く見つけるぞ!
何が出るか分かったものじゃないからな……」
同じく最悪の可能性に思い至ったであろう神原が、焦りに満ちた声を上げた。俺はそれに頷くと、再び地図を開いた。
周囲は住宅地。その割には階段や坂が多いな、地崩れでも起きたのか?
少し先に学校と商店街……用事があったとしたらこのどちらかか?方角が正反対だ、風早さん達と手分けすべきだろうな。
ああでも、他の民家に行っている可能性も____
「平里、これ、学校か商店街くらいしかないよね。とりあえず風早さんにメールするよ。」
「ああ。だが、もし……」
「民家の可能性は潰していいよ。」
「根拠は?」
「余所者だから。」
「…………なるほどな。」
同じように地図に目を走らせながら淡々と告げられる神原の言葉は思考を読んだかのように的確だった。
余所者、余所者か。
確かに……こういう地域での異能者はかなり微妙な立場だ。異能学園は結界都市内にあるものがほとんどであるし、教育義務前であっても異能力が扱えるようになれば、たとえ初等部であっても都市内に引っ越す家族が多い。
なんの力も持たない彼らにとっては、異能者はさぞ恵まれた特権階級に見えることだろう。
しかも、義務を放り出して家族共々逃げてきた……怪異への対応をしてるようには見えないとなれば___家門の人間だとバレなくとも良くは思われないだろう。
そういう世界だ、結界の外なんて。
何度も引っ越すうちに、何度か俺が子どもであっても同じような視線を投げかけてくるような場所もあった。通報されずとも村八分にされることなんて、想像に難くない。
「……返信来た!商店街の方は行ってくれるって!急ごう!」
「分かった!」
地図を畳んでポケットに突っ込むと、ケースを背負い直して駆け出した。
……そもそも最初の説明の時点で気付くべきだった。
いくら分家の分家の分家レベルで遠縁とはいえ、六大家門の『神原』と血縁のある『久山』出身の夫婦が娘だけ遺して全滅するなんて通常ではありえない。ましてや、こんな支部に近い場所で駆けつける前にやられるなど……よっぽどの怪異が相手でもなければ有り得ない。
日暮れまでに見つけなければ。でないと、間に合わない。
せっかく掴んだチャンスを、無駄にしてしまう。
前へ前へと思考に追い立てられて、つんのめりそうになるのをどうにか制御しながら走る。
そう広くない街だ、見つけることさえできれば何とかなるはずだ。
『丑寅……鬼門かぁ……』
……ウシトラ?
ぽつりと呟かれたその言葉の意味を、『カミサマ』を失った世界の俺たちは理解できなかった。
***
「ねぇー……かぁさま。もう疲れたぁー!」
ひび割れたアスファルトの上。柔らかな黒髪を二つ結びにした幼い少女がぺたりと座り込むと、「かぁさま」と呼ばれた女性は困ったように目を細めた。
「疲れちゃったの?」
「疲れちゃったの。」
「あらら……どうしましょう……」
母親は両手に抱えたランドセルやら鉢植えやらの学用品を見下ろして、どうすることもできないことを悟ると少女の隣にしゃがみ込んだ。
「ちょっとも頑張れない?」
「ちょっとも頑張れないー。」
「そう……それじゃあ、父様が来たら抱っこしてもらいましょうか。」
「とぉさまも来るの?」
「父様」と聞いた途端に少女がぱっと目を輝かせると、母親は心底愛しそうに微笑んだ。
「えぇ。だって今日は大事な日だもの。家族みんなで帰りましょう?」
「大事な日って、かぁさまととぉさまの結婚記念日でしょ?……お祝いしなくて良いの?こんなことしてて……」
「あら、まぁ。『こんなこと』をしないといけない状況を作ったのは誰だったかしら?」
「うっ……反省してるよーぉ。来年からはちゃんとけいくく……計画的にやるもん。」
少女はぷいと拗ねたようにそっぽを向いたが、何かに気付いたらしくすぐに「あっ」と嬉しそうな声を上げた。
「とぉさまだ!」
「あ!こら、急に走らないの。危ないでしょう___」
ぴょんぴょこと子うさぎのように駆け出した少女の背中を急いで追いかけながら、母親はこちらに向かって手を振っている、自分と同じ色彩を持った男性に呼びかけた。
「お従兄さま!カエちゃんを捕まえて下さい!」




