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いと愛しき君たちへ  作者: おおよそもやし
irregular
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針と糸と

「……こちらになります。お、おたしかめください。」

「ありがとうございます。」


 しばらくすると、ついに対応する職員が年配のベテランであろう職員に変わった。

 それでもやはりぎこちないのは六大家門のせいなのか、はたまた目の前にいるのがあの『風早巴』だからなのか。

 その職員から何やら分厚い書類を受け取ると、風早さんは満足そうな笑顔でこちらへやって来た。


「待たせてごめんね。はい、これ。」

「これは?」


 金具止めの藁半紙の束を受け取りながら俺が尋ねると、風早さんはなぜか得意げにくるりと指先を回した。


「なんだと思う?」

「……地図ですか?」


 藁半紙をぱらぱらと捲り白黒の区画名を眺めながらそう答えると、風早さんは「半分当たり」とまた笑った。


「名前が書いてあるだろう?それね……宇都宮支部管轄の住民名簿。」

「名簿!?なんでこんなあっさり写しもらってるんですか!?」

「はは。まぁ、ちゃんとした理由があるからね。……あ、ちゃんと四人分あるからそれは持ってて良いよ。」

「なんで人数分もらえるんですか……」

「そこはまぁ、家門のお陰ということで。」


 職権濫用と言っても差し支えないのではなかろうか。

 名字の下に住民構成や住民の年齢に職業までもが記載されている名簿を、こんな風に扱えるなんて。

 ……今回のことが解決したら、返却しにまたここに来た方が良いのかもしれない。

 そう考えながら名簿を捲っていると、ふと見知った名前が目に付いた。


「久山……」

「!今『久山』って言った!?」


 ポツリと零した呟きに神原が勢いよく食いついた。

 耳ざといなコイツ。


「へぇ。もう見つけたんだ。すごいね。」

「あ、はい。偶然目に付いたんで……」

「白黒で見づらいのによく見つけたね。……そういえば昔から目が良かったね、平里。」


 風早さんは俺の頭を撫でると、神原にも同じ藁半紙の束を渡して隅のベンチで未だに項垂れている梶浦さんの方へと向かっていった。


「ねーねー、どこ?どこの頁?」

「三枚目の右下。」

「えーっと……あ、ほんとだ!久山……」


 神原はパッと目を輝かせると、愛しげに『久山』の二文字を指先で撫ぜた。

 おおよそ親戚に向ける目ではない気がしたが、それで何かを自覚されても困るので指摘はしない。


「ふふふ、また会えるんだ、ふふふ……」

「嬉しそうだな。」

「そりゃあ、もちろん!サヤに会えるし、何よりここで頑張ればサヤが傷つかないで済むんだよ?」


「こんな嬉しいことってないよね」、と歌うように呟いて、神原は狐を抱えたままくるりと回った。


***


「……ああ、そうだ平里。これは返しておくよ。」

「……これは?」


 駐車場に戻り梶浦さんを運転席に押し込んだあと、風早さんは車の後部トランクからギターケースを取り出して俺に渡した。


「開けてみれば分かるよ。ほら、早く早く。」

「は、はぁ……って、これは……」


 風早さんに促されるままにその場にしゃがみこんで地面にケースを置いて開けてみると、そこにはあの時の魔導小銃が収められていた。

 見間違いかと思ったが、魔導回路もストラップも全く同じものにしか見えない。


「……風早さん。これは……あの時、壊れたはずでは?それに、どうして楽器ケースに?」

「私もそう思ったんだけどね。回収した後確認してみたら、なんとびっくり。どこも壊れてなかったんだよ。ケースがそれなのは、まぁ……あまり住民の不安を煽るのは良くないだろう?仮にも市街地な訳だし。」


 風早さんはそう言いながら大袈裟に両手を広げると、すっと静かに目を細めた。


「ところで……この銃について何か心当たり、あるかい?」

「いえ……。」

「……そっか。本人でも分からないなら仕方ないか。」


 俺の回答に風早さんは残念そうにそう零した。


 ……ん?本人?

 今、当人でも当事者ではなく本人と言ったか?


 単なる言い間違いか?いや、風早さんが今更そんな間違いをするはずがない。

 もし、この銃が直っていたのが俺の霊力に依るものなら権能の糸口がそこにあるんじゃないか?


「風早さ___」

「ねーぇー!早く行こうよー!」

「わ、神原。そんなに待ちきれないのかい?」


 俺が風早さんに問いかけようとした瞬間、勢いよく神原が風早さんに飛び付いた。

 その勢いの良さに少し前まで抱えられていたはずの小狐はすっかり目を回して神原の腕の中でぐったりとしている。


「きゅーん……」


 ……この狐は、本当にあの時の狐と同じ『シンシ』なのか?

 『シンシ』というにはあまりにも弱々しいその姿に、思わず失笑が漏れた。

 もしかしたら穂稀さんはこの丸々とした小狐には会話の仲介以外させるつもりはないのかもしれない。

 もしそうならば、この体型や呑気さにも納得がいく。

 そうでないならあまりにも丸すぎる。戦うにしても俊敏には動けないだろう、このもちもちでは。


「……ああそうだ。平里、今何か言いかけてたかい?何か気になることでも……」

「いえ。神原の言う通り早く行きましょう。俺のは後でも大丈夫な話なので。」

「……本当にかい?」

「本当ですよ。ほら、神原が待ちきれなくなって面倒くさくなる前に行きましょう。」

「めんど……!?」


 俺がそう答えると風早さんは疑わしげな視線を向けたが、やがて妥協でもしたかのように息を吐いて頭を振った。


「……はぁ。分かったよ。終わったらちゃんと言うんだよ。」

「はい。」


 神原の言う通り、目の前の事件を解決すべきだ。

 明確な時間制限がある以上そちらを優先すべきであって、俺の権能については後回しで構わないだろう。


 風早さんは結界、神原は雨、久山は雷。

 穂稀さんは宇迦之御魂神、三倉咲良は伊邪那美命、西園寺は八咫烏。


 俺を依代としている神様は何を司っていて、どんな名前をしているのだろうか。


 俺は戻ってきた魔導小銃にもう一度目を向けると、静かに蓋を閉めて抱き上げた。


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