宇都宮
有事の際の避難場所も兼ねているであろう、広いロビーには忙しなく職員が行き交っている。
色彩こそ明るい印象ではあるが、よく見れば窓も少なく無骨で堅牢そうな建物だ。
陰陽寮宇都宮支部。
東都結界から少し離れた場所であるこの支部は、なかなか監査以外で外部の職員が足を踏み入れる機会がない。
だからこそ、というべきか。
六大家門の、しかも本家本流嫡男が一気に二人も訪問すれば___
「あ、あれって本物……!?」
「ちょっ…押すなよ!」
「風早様来てるって!?見せて見せて!」
___そう、騒ぎになって当然だ。
本人たちは隠れているつもりなのだろうが、少し離れた通路の陰からはみ出す程に人が集まっている。しかも複数。
注目を集めているのは自分ではないと思いながらも、こうも好奇に満ちた目を爛々と向けられるのは居心地が悪い。
それは運転手をしていた青年も同じようで、そわそわと落ち着かない様子だった。
対照的に風早さんと神原は落ち着き払っていて、事務室前の引き出しから『訪問者名簿』と書かれた用紙を取り出して何やら長いこと記入していた。
「……これでいいと思う?」
「…良いと思いますよ。事実ですし。」
……?
何をコソコソと相談しているんだ?あの二人。訪問理由でも書く欄があったのだろうか。
「じゃあこれで。お願いします。」
風早さんが事務室の窓口に用紙を差し出すと、いっそ哀れに思えるほどに緊張しきった年若い男性職員が震えながら受け取った。
「えぇと……え!?」
内容に目を走らせていた職員が声を上げると、ぞろぞろと同僚やら上司らしき人までもが彼の背後から用紙を覗きに集まって来た。
「……えっ」
「えぇー……マジかぁ。」
「揃い踏み……」
「ってことは、何か会合とか……」
「でも子どもですよ?」
「でもお偉いさんだし、そういう可能性も……」
本人たちは内緒話のつもりだろうが、全て聞こえてしまっている。が、相変わらず風早さんと神原は何処吹く風と落ち着いていた。
こういう部分を『品』というのだろうか。
「あ、あのう……すみません。」
先程の彼の先輩らしき男性職員が遠慮がちに声をかけると、風早さんは「なにか不備でもありましたか」と微笑んだ。
「い、いえ!ただお名前の確認をと……!
………風早様、梶浦様、宍戸様、神原様でお間違いない……ですよね?」
「ああ、はい。大丈夫ですよ。」
梶浦?
……って、まさか。
バッと青年の顔を見上げると、くたびれていないが確かに面影があった。
異能者でも剣士でもないにも関わらず、桐生とともに数々の呪術関連事件を解決に導いたという刑事。
その若かりし頃が……この青年、なのか?
……目の前の青年が十年も経たないうちにくたびれたおじさんになる事実に残酷なものを感じる。
だが、そうであるなら風早さんが連れてきたことも納得がいく。
異能、しかも事前情報が断片的にしか得られない呪術師を相手取れるだけの洞察力があるなら、通常の怪異相手にも弱点を見破るくらいはできるだろう。
「ししど……?宍戸……宍戸!?」
「急にどうしたんだい、梶浦殿。そんなに驚いて。」
「どうしたもこうしたもねーよぉ!風早サン、なんでおれに運転させてんだよ!?」
突然目を丸くして声を上げた梶浦刑事……今だとまだ巡査だろうか。に風早さんが理由を尋ねると、梶浦さんは怯えた様子で縮こまった。
「なんで、というと?」
「風早サンだろぅ、神原だろぅ……で、宍戸。……って、六大家門の半分集まってんじゃねぇか!だったら運転手くらい自力でよぉ……」
「それはそうかもしれないけれど、今どきガス車で安全運転できる人間なんて梶浦殿くらいなものでは?」
「さすがにそりゃねーだろぉ……伝手くらいないのかよぅ。」
「残念ながら、私は君しか知らないねぇ。」
「……おれ、嫌だよぉ?帰りも運転すんの……」
「任せたよ!」
「そんなぁ……」
そういえば今の俺は宍戸だったな、と思い出して、がっくりと項垂れる梶浦さんに同情した。
なにかあれば三家から抗議が飛んでくる可能性があるのだ。しかも風早さんの態度をみるに、俺のことは伝えていなかったらしい。
……当人が忘れていたくらいだから、風早さんも忘れて___いや、神原はともかく風早さんが忘れる訳はないか。
風早さんがひと言発する度に落ち込んでいく梶浦さんを哀れだなと眺めていると、腕の中の小狐がモゾモゾとし始めた。
「……そういえば返し忘れてたな……神原。」
ぽつりと呟いて神原の肩を叩くと、神原も忘れていたようでハッとした顔で小狐を見た。
「あっ、ごめん。重かったよね。」
まだ幼い体の神原に渡すと、先程まで小さく見えていた狐が大きく見えた。
対比のせいだろうが、それ以上に丸々とした小狐の体型のせいに思える。
良いのか?シンシがこんなに丸っこくて。
もっとこう……霊域の時みたいに凛々しい方がそれらしいだろうに、と思ったが、穂稀さんにも何か考えがあってこの丸餅狐を神原に預けたのだろうと飲み込んだ。
「……そういや神原。」
「なにー?」
「神原はあの人……梶浦さんと面識あったのか?」
「ないよ。……以前の、なら一方的には知ってたけど。」
「そうか。」
なら彼を同行させたのは風早さんの独断だろうか。
「何か気になることでもあったの?」
「いや、大したことじゃ……」
「また悪い癖出てるー。あったなら教えてよ。もしかしたら、別視点から意見出せるかもしれないじゃん。」
悪い癖、なんだろうか。
不満げにむくれた神原の頬についぷすりと人差し指を刺すと軽い音がして空気が抜けた。
「何すんのさー」
「あ……悪い。つい。」
「まったくー。サヤがいたら良いけど、今やっても意味ないのに!今日会った時にもやってよ?」
「は?なんでだよ。」
「なんでもなの!そうじゃないと……なんかこう、『親しみやすそう』ってサヤに思ってもらえないとだめなの!」
ビシッと俺の顔を指して神原はそう言うと、念を押すようにじっと見つめてきた。
正直よく分からない。が、久山とあれだけ仲良かった神原がそう言うならその通りなのかもしれない。
……少なくとも可能性は高い、はずだ。
「……分かった分かった。久山の前でも同じようにすればいいんだろ?」
「そう!お願いね!」
……そういえば、最初に会ったときの神原はもっと大人しい雰囲気だったよな……?
この言動や空気感は吹っ切れたあとの久山そのものだ。
と、いうことは既に真似をすることで親近感を覚える___いわゆる『鏡写し効果』とやらを狙って久山の真似してるんだろうか。
全てが恋愛に結びつく訳ではないとはいえ……遠縁の親戚にここまで好かれたがってるのはどうなんだろうか。重すぎやしないだろうか。
久山に引かれたらどうすんだよ、本末転倒だろうに。
「どしたの?」
「……あんまやり過ぎんなよ。」
「何を?……って、無視しないでよ?ねー!」
風早さんの方へ視線を向けると、未だに梶浦さんを宥めていた。そして書類を手にした男性職員もおろおろと狼狽えるばかりで、目の前の状況に手出しできないようだった。
口を出したいところだが、俺も今は兎のように飛び付いてくる神原を受け止めるので手一杯だ。
とても中身が成人済みとは思えない。身体に精神年齢が引っ張られ___いや…そもそも久山の真似をしているのだから、これも「サヤならこうするはず!」という推測に基づいた行動なのかもしれない。
だとしたら……いささか徹底し過ぎではなかろうか。
「神原。」
「なぁにー?」
「時間大丈夫なのか?場所の特定だってこれからだろ。」
「はっ……!大変。風早さんに言ってくるね!」
神原はぴたりと動きを止めると、慌てて風早さんに駆け寄り袖を引いた。
俺は軽く深呼吸して心を落ち着けると、すぐそばで身を縮こまらせている梶浦さんの背中をさすった。




