進むしかない
「ホント!?さっすが風早さん!」
「ふふ、君たちと違ってもう免許取れる年齢だからね。……まぁ、私は外で運転できないから今回は運転手ごと手配することにはなってしまうんだけど。」
「えー。つまんない。」
「ふふ……」
「きゅ。きゅーん?」
驚いて固まっている俺と穂稀さんをよそに、神原は小狐とともに風早さんにじゃれついている。傍から見れば微笑ましい光景ではあるのだが、いかんせんこの二人の繋がり読めない。
確か、今までこの時期はまだ神原は風早さんに対してかなりよそよそしかったはずだ。
……もう既に会っていたのか?それとも、記憶があることを神原が打ち明ける気になったのか?
「……っていうか……なんでここにいるんですか?」
混乱しながらも風早さんにそう尋ねると、風早さんは親指を立てて鼻を鳴らした。
「毎日来てたからね!今日もいつも通りお見舞いに来ただけだよ!」
「……」
「……そんな目で僕の方見ないでよ。ほんとに毎日来てたよこの人。
ついでに、僕が二次覚醒したの、見られたし。」
「……ああ……それで……?」
覚醒直後でボロが出たのか。
いくら繕うのが上手くとも、突然記憶を思い出せばその瞬間は違和感が出るものだ。それは仕方ない。
まるきり子供だった部分がそっくり大人の自分に上書きされるのだから、違和感を覚えない方が難しい。
「権力でなかったことにしたけどね。神原に頼まれたから。」
「おい。」
「だってー。やっぱりサヤに張り合って欲しいっていうか。ね?」
そういえば、神原が思い出すのは決まって二次覚醒直後だった。同時に三次覚醒も済ませてしまっていたから、どちらのタイミングで記憶を取り戻しているのかよく分かってはいなかったが。
「まぁ、平里が寝てる間に私と神原は仲良くなった、ってだけの話だよ。
……タイミングが良かったのもあるけれど。」
「ねー。」
風早さんの横で屈託なく笑う神原は、到底穂稀さんから聞いたような大それたことをできるようには見えない。
ただの『人間』にしか見えない。
「……」
とはいえ、時間を戻されているのは事実だ。
これが本当の神原なのだとしたら、『この時間を守りたい』という人間らしい感情だけで引き起こしていても不思議はない。だからこそ、きちんと真実を見極めた上で最善策を見つけなければならないのだろう。
……それが、どんな結末であろうとも。
「……風早さん。」
「平里?どうかしたかい?」
「その……俺ってそれまでに退院できますかね……?」
「あっ」
『そういえば君、入院患者だったね。』
俺の問いかけに神原は「しまった」と言いたげな表情を浮かべたが、風早さんだけは無問題だと言わんばかりに笑った。
「大丈夫だよ。それに、もしできなくても外出許可くらいなら取れるようになってるはずだよ。だってほら、神原がいるから。」
「それって、どういう……」
「なるほどー。」
『確かに。』
どうしてそこで神原が出てくるんだ?と思ったが、神原と穂稀さんは納得した様子だ。
どうやら分かっていないのは俺だけらしい。
「……すみません。俺にも分かるように説明していただけますか。」
「簡単に言うと、そうだなぁ……君のあの怪我を治したのは神原だろう?だから、神原がいれば大抵の怪我は治せる『だろう』、一緒に行動するなら悪化はしない『だろう』と病院側が勝手に思ってくれるって訳だよ。」
「あぁ……その認識を利用すれば外出許可の難易度が一気に下がる、ってことですか。」
「そういうことさ。」
「ふふん。褒めて!」
「はいはい、無事に許可が下りたらな。」
「ちぇー。」
神原は不満げに頬を膨らませて、ぎゅっと小狐を抱き締めた。小狐は一瞬びくりと体を震わせたが、ぺたぺたと数回神原の腕を叩いただけで大人しくなった。……眉間に深くシワを寄せていて、極めて不満げな表情ではあるが。
『……なんというか君、意外と子供らしいところあるんだね。』
ゆらゆらと尻尾を揺らす小狐の口から、穂稀さんの呟きがしたが、当の本人には聞こえていなかったようだった。
***
神原の言った、襲撃当日の日曜日。
今回の繰り返しには色々と相違点があったため、念の為穂稀さんが神使を現場周辺に派遣していたが、怪異が発生したりなどの別段怪しいこともなく当日を迎えてしまった。
病院のロビーでとても朝とは思えない眩しさに目を細めていると、迎えに来た風早さんが小さく手を振った。
「おはよう。結局退院は間に合わなかったね。」
「そうですね。にしても……本当にあっさりと外出許可が下りるとは思いませんでした。」
「そりゃ、当代一の治癒の使い手がいるからね。医者じゃどうにもできない怪我も、神原なら治せる。
……なるべく、使わせたくないけれど。」
例の件もあるからね、と風早さんは薄く笑った。
例の件……彼岸の、三倉咲良の現状。それと同じことがこのままだと神原の身にも起きてしまう、と穂稀さんは言った。
権能の使用過多がそれを引き起こす以上、今までのように気軽に使わせないようにしなければならない。
「……そうですね。その為にも、今日の作戦は成功させないと。」
久山があの家に行くことになれば、必然的に元旦の暴走も起きてしまう。そうなれば、神原も権能を使うだろう。
それは避けなければ。
「そうだね。それじゃ、行こうか。こっちだよ。」
「はい。」
ロビーの自動ドアをくぐって外に出て、少し離れた駐車場に向かう。途中、振り返って病院を見上げてみたが、思ったより小規模な病院だった。大きめの病院によくある地下駐車場などの設備も見当たらない。
……もしかすると、これは……宍戸もかなり面倒なことになっているんじゃないか?通常であれば、叔父がもっと大きな病院を___いや、それはさすがに絆されすぎか。
軽く頭を振って実家のことを思考から追い出すと、ふと風早さんが足を止めた。
「この車だよ。さ、後ろに乗って。」
「……はい。分かりました。」
少し古めの車だろうか?
結界術の応用で内部を広げてある最近の車とは違い、この車からは霊力を感じない。
それどころか、動力であるはずの魔力すら感じない。……まさか。
「……あの、風早さん。」
「ん?どうかしたかい?」
「この車って、まさかとは思いますが……ガス車、ですか?」
「そうだよ!よく分かったね。」
無邪気に笑う風早さんの様子に、思わずぐらりと目眩がした。
ガス車だって?
魔導車であれば、エネルギー切れを起こしても魔力さえ供給できればまた走行が可能だ。
だが、ガス車は違う。
専用の供給場所に行かねばエネルギーを補給できず、さらにその供給場所も魔導車の普及に伴って年々減少している。
唯一の利点は豪雪地帯でもきちんと動かせる、というものだが今回向かう宇都宮はそういった地域ではない。
一体、なぜだ……?
「あの、風早さん___」
「さ、早く乗った乗った。」
理由を尋ねる前に、ぐいぐいと風早さんに押され後部座席に放り込まれた。
どうやら他の面子を先に乗せていたらしく、神原が例の大福狐を抱えたまま眠りこけていた。
運転席と助手席は小さなカーテンに阻まれて見えないが、風早さんも乗り込んだらしく車はやかましい音を立てて発進した。
……本当に大丈夫なんだろうか。
眠っている神原の首に掛かりそうなシートベルトを調整してやりながら、俺は流れていく景色に早くも不安になっていた。




