異軸の再会
要救助者であった生徒たちへの聞き取りを終えて、俺はそっと胸を撫で下ろした。
こんな状況にも関わらず全員無事。それも、目立った怪我もなく今の今まで無事であれたのは、きっと先行して突入していた総角さんのお陰だろう。・・・・・・それが果たしていい判断だったかは置いておいて。
「・・・じゃ、これで生徒は全員ってことね。無事でよかったわ。」
「ホントにのー。・・・にしても、まっさかこんな激レア現象が起こるとはなー。運が良いのか悪いのか。」
西園寺が岩壁にもたれかかってため息混じりに零すと、総角さんも深々と頷く。
その会話を聞き流しながら、俺は帰路の安全のために荷物を端に置いて、担いだままだった魔導小銃の点検をすることにした。
いくら今まで戦闘がなかったとはいえ、以前穂稀さんが言っていたことから『怪異がまだ上がって来ていない』だけの可能性もある。
念には念を入れておいて損は無いだろう。
「悪いんじゃないでしょうか。・・・まあでも、そんな中で全員無傷だったことは運が良いのかもしれませんけど。」
「そうじゃのー。それに最下層まで落とされたが、ここまで上がって来るまでに怪異に全く遭遇せんかったのも良かったのー。」
「え?」
思わず手を止めて顔を向けると、総角さんはきょとんとした表情でこちらを見た。
「なんじゃー?えーっと・・・」
「宍戸ですよ。」
「そう、宍戸の坊主。どうかしたか?」
「いや、あの・・・・・・」
下にも怪異はいない。
いや待て、そんなことより・・・・・・最下層?最下層だって?
「ほ、本当に最下層にいたんですか?」
「そうじゃが。なんじゃ?それだと何か問題でもあるのかの?」
勘違い・・・は、あるわけないか。こんなに単純な造りの霊域で。
なら、どこに消えた?あの化け物___三倉咲良の成れの果て、彼岸の怪異、霊域の主は。
仮に霊域の主が別の怪異にすげ替えられているならば、彼女の想像する『死後の世界』をその怪異も共有していることになる・・・・・・のか?だが、もし仮にそうであったとしても通常の怪異が彼女と同等レベルの霊域を構築するなんてことができるのだろうか。
それに、そもそも・・・・・・なんで総角さんは最下層にいたんだ?それにさっき『落とされた』と言ったが、一体何にだ?
不可解な点が多すぎる。もしかして、何か重要なことを見落としているんじゃないのか?
例えば、前提条件自体が間違って___
と、思考を巡らしていると突然、左半身に鈍い衝撃が走った。
視界が傾いで、刹那の浮遊感が身を包む。
「は、?」
落ちている。
突き落とされた?
そう認識するとともに背中からどっと冷や汗が吹き出し、何かを掴もうと手を伸ばしたが鋭い岩で手のひらを浅く切っただけだった。
「・・・・・・くそっ!」
せめてもの抵抗と顔を上げると、先程睨みつけてきていた学生と目が合った。
自分のしでかした事の重大さに遅まきながら気付いたのか、大きく見開かれた目は恐怖に歪んでいた。
・・・・・・人の悪意というものは、時に倫理すらかなぐり捨てて実行される。
かつての自分は誰よりもよく知っていた。膨れ上がった悪意は、本人の意思すら超える。
だからこそ、余計にタチが悪い。
自分はそこまで愚かではない、感情を優先するほど獣じみていないと誰もが思っている。
だが、実際はどうだ。
皆、こんなものだ。羨望は嫉妬に、尊敬は憎悪に。
変質していくことにすら気付かない間に、好意は悪意にすり替わる。
・・・・・・怪異の気配がする。上が・・・あっちだからこれは下からか。
点検のために小銃を持っていて良かった。担いでいたままでは、落下中に構えられなかったかもしれない。
ぽっかりと開いた暗闇の底へと、気配だけを頼りに魔導小銃を構える。
だんだんと暗闇の中から輪郭を現し、こちらに顔を向けて口を開く化け物。その拍子にぼたりと頬の肉が削げて崩れていった。
あの日よりも随分とドロドロと腐り落ちた身で、霊域の主は変わらずそこにいた。
***
相手は満身創痍。よく見れば、焦げたようなケロイドの痕も全身そこかしこにある。
と、いうことはこいつは・・・彼女は、四週目の彼女なのか?
射程圏内ギリギリまで構えたまま重力落下に身を任せる。
魔力を込めた弾を飛ばすタイプの魔導銃は、近すぎれば加速が足りず、遠すぎれば空気抵抗による摩擦で威力が削がれ、と最大限の威力を引き出すのが難しい魔導具だ。
この魔導小銃も、そのタイプの魔導具だ。
近くても遠くても、威力が出ない。
だが、そんな小難しいことを考えなくともダメージが入る方法がある。
開かれた口の、鋭い牙が銃身に触れた。
その瞬間、俺は喉奥に狙いを定めて引き金を引いた。
「っっっ・・・・・・・・・ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
反動を利用して、身を捩って怪異から離れたところに着地する。
俺の思惑通りに内部からの衝撃に耐えきれず柔らかな腐敗した身体はぼたぼたと崩壊し、彼女は倒れて動かなくなった。
「・・・・・・はぁー・・・・・・」
何とかなって良かった。
安堵して初めて、ぱっくりと裂けた手のひらに汗が滲みてじんじんと痛むことに気付いた。
あまりにもあっさりとした決着に実感が湧かず、念の為と周囲に視線を配って警戒をしていると、ふと彼女の身体に何かがまとわりついていることに気付いた。
よく見れば、それは禍々しくもあり、恐ろしくもあり・・・・・・どこか見知った気配のする七頭の龍だった。・・・・・・走る稲妻のように輪郭が収縮を繰り返すそれはもしかしたら龍ではないのかもしれないが、今はそうとしか言えない。
頭部、胸部、股、両の手足それぞれに這いずっていたソレは、彼女が動かないことに気付くや否や、ぎょろりと俺を睨みつけ咆哮を上げた。




