再来する者②
飛び込んだ洞窟の先、霊域内部はかつての景色とは全くの別物に変わっていた。
萎れたまま咲き続ける花々の庭園も、錆び付いたまま朽ちかけている門扉も、何もかもがきれいさっぱり存在しなかった。
初めてみる景色のはずだ。だが・・・
その目の前の変容した霊域に、俺は見覚えがあった。
洞窟の中の大穴。
その内側に沿ってぐるりと下っていく坂道。
そして___その階段の手前にある、小さな水銀朱の鳥居。
本来あったであろう場所に額すらなく、打ち捨てられて久しいといった風貌のソレには、確かに前回の時久山と神原が触っていた場所が黒く変色していた。
「・・・っ!?」
どういうことだ?
もしや、これは乙等級の霊域なんかではなく・・・あの彼岸の続きなのか?
・・・・・・だとしたら、俺と西園寺だけでは力不足だ。このまま行っても、余計な被害を増やすばかりで救助なんてできやしないだろう。
全体を考えるならば、一度撤退するか、風早さんが到着するのを待つべきだ。
「西園寺___」
そう思い彼女のいた方を向いたが、そこに姿はなかった。
「・・・・・・は?」
「何してんのよ宍戸。置いていくわよー。」
「は!?いやいやちょっと待てお前!」
いつの間にか鳥居をくぐり抜けて坂道の始点に立っていた西園寺に呼びかけられ、俺は焦りを隠せずに狼狽えた。
「この霊域は乙等級なんかじゃないんだ!だから___」
「なんでそんなの分かるのよ。霊域なんて行ったことないくせに・・・・・・ああ、もしかして今更ビビってるの?初めてだものね、霊域に入ったの。」
「そうじゃなくて___」
「大丈夫よ、私が守るから。宍戸は安心して援護だけしていれば良いのよ。」
「いや、まずは話を___」
「じゃ。行くわよー。着いてらっしゃい。」
耳を傾ける素振りも見せずに、西園寺はスタスタと一切の迷いもなく坂道を下って行った。
子どもの頃の西園寺って、神原並に人の話を聞かなかったんだな・・・。
・・・仕方ない。このまま一人で行かせる方が危険だ。
「・・・・・・くそっ・・・」
やる瀬のない感情を吐き捨てて、俺はどんどん小さくなっていく西園寺の背を追いかけた。
***
壁面に等間隔に並んだ松明が、時折揺らめいて落ちる影を歪めていく。
霊域突入からおよそ一時間。距離にして恐らく二キロメートル強。
未だ怪異とは遭遇していない。
普段なら気にも留めないが、あの彼岸の霊域と瓜二つなことが小さな要素を大きな不安に掻き立てる。
・・・・・・穂稀さんは、あの彼岸の霊域を「咲良の中での死者の国」と言っていた。
それならば、あの霊域は三倉咲良の意識の内から組み立てられたものであり、唯一無二のものであるはずだ。
なら・・・・・・やはりこの霊域もまた、あの彼岸の続きという結論を付けざるを得ない。
突入直後の直感が正しかったのではなかろうかと今更な後悔を抱きながら、俺はちらりと前方を行く西園寺に目を向けた。
一時間ほど歩き通しだというのにその歩みには淀みなどなく、まるでついさっき歩き始めたばかりのように疲労を微塵も感じさせない。
だが・・・
「西園寺。」
「なに?」
「一旦小休止をとろう。」
いくら体力があろうと、集中力はそうもいかない。
体と違って精神の疲労は自覚しにくく、無意識の内に動作に支障をきたしていることだってしばしばだ。
だから、喧嘩負け知らずのさすがの西園寺といえども長時間の行動は禁物だ。
それを察してか、西園寺も素直に頷いてその場に座り込んだ。
「宍戸も座ったら?」
「いや、俺はいい。二人とも座ったら対応できないだろ。」
「それもそうね。それなら、私の次に休みなさいな。」
「ああ。・・・ありがとう。」
炎の燃える、ぱちぱちという小さな音だけが聞こえる。
周囲を警戒する振りをして大穴を覗いて見たが、相変わらず暗澹とした暗闇に満たされていて底は見えなかった。
ただ、あの鳥居こそ見当たらないものの、少し下った先にぽつんと石積みがいくつかあるのが確認できた。
・・・つまり、あの辺にはあの手の群れが・・・・・・
「・・・っ」
大岩と茜塚、そして小鳥遊の最期を思い出して喉の奥が引き攣った。
アイツら相手に、攻略法なんてあるのか?
じっとりと汗ばみ震える手と恐怖に呑まれそうな意識から目を背けて、俺はただ抗う方法を探した。
あの蝦蟇だけならまだしも無数の手に物量で攻められる以上、体術一辺倒の今の西園寺には分が悪い。
かといって俺だけでは火力が足りない。
霊符は基本的に権能に精度も火力も劣る。
手たちの注意を逸らせれば、その隙に通り抜けられるかもしれないが・・・・・・数が多いからその分大きな隙を作らなければならない。
・・・・・・考えろ。何か方法があるはずだ。
あるはずなんだ。
西園寺の権能は?前世でも不明だったろ。
あの大烏は?西園寺以外守らないだろう。
穂稀さんを呼ぶのは?ここで彼女の存在が三倉咲良に知られるのは避けたい。話を聞くに恐らく、三倉咲良・・・彼岸の主は彼女を大事に思っていた。だからこそ、理性のない怪異と化した状態で穂稀さんの存在を見留めてしまえばどうなるか分からない。
なら、風早さんが追いつくのを待つのは?いつ来るかも分からないのに?
なら・・・・・・なら。
俺が、権能を使えれば?
穂稀さんは言っていた。俺もまた『カミヨリ』なのだと。
『カミヨリ』が『陰陽師』ならば、俺の身にもまた権能が宿っているのではないか?
だが・・・・・・どんな権能かも分からない、そもそも霊力を上手く扱えないのに、ぶっつけ本番で上手くできるものだろうか?
そんな局面での初技が上手くいくのなんて、物語の中だけだろう。
打つ手がない。思いつかない。
今の俺たちでは、確実に死ぬ。
だが、それでも。そうだとしても、諦めたくない。
・・・誰か、あそこに到達する前に拾えれば打てる手も増えるだろうか。
そうであって欲しいと、誰に願えば良いのだろうか。
かつて喪ったもの、再来したもの。
もう手の施しようのないくらい綻んでしまったこの世界が、どうしようもなく神原の寿命を削っているのだ。
なのに、俺はその盤面をひっくり返して助けてやることはおろか、こんな事件ひとつあっさりと解決できるだけの実力もない。
ここで俺が死んだら、神原はまた巻き戻すのだろうか。
怪異になったとしても。
それならば、俺は死ぬ訳にはいかない。
だからといってここで西園寺を死なせる訳にもいかない。
どうしたらいい、どうしたら・・・。
素直に呼べばいいのに、と。
知らない声が聞こえた気がした。




