再来する者①
「・・・・・・なんで、いるんだよ。」
嫌な感情を押し潰して問うと、西園寺は急に真面目な表情になった。
「中にね、入っちゃったのよ。」
「何が」
「総角さん。」
「はぁ!?」
その「総角さん」が誰を指すのかまでは知らないが、名字からして六大家門の中でも怪異討伐技術に秀でた魔導師の家門『総角家』の人間だろう。
そんな偉いとこの奴が、なんでそんな真似を・・・。
下手したら家門同士の力の均衡が崩れかねない事実に、くらりと目眩がしそうになった。
「総角さんといい、アンタといい・・・どうして六大家門の人ってこうも怪異が絡むと後先考えないのかしら。」
「え?」
一瞬どういう意味かと刹那思案して___やっと今の自分が『平里』でないことを思い出した。
そうだ、今回は『宍戸』なのだった。俺も六大家門の人間なんだった。
・・・傍から見れば、俺も同類だったか。
否定したい気持ちと覆せない事実が胸中でせめぎ合っている。思わず唇を引き結ぶと、その様子を見た西園寺が怪しげに口を開いた。
「何よ、事実でしょ?そんな物騒なもの背負っておいて「違います」なんて通じないわよ?」
「そこは否定しない・・・ただ、まだ自覚が足りてなかっただけだ。」
「ふぅん。そう。」
「そういうこともあるのね」、と西園寺は納得したように呟いて、すっと視線を霊域の方へと向けた。
「ま、それはさておき。
どうやって忍び込もうかしら。何か良い案持ってない?」
「俺が考えるのかよ。」
「仕方ないじゃない。まさかこんなに人目があるとは思わなかったんだもの。」
「初報の時点で気付けよ。思いっきり『実習中に』って書いてあっただろうが。」
「長文苦手なのよ。」
「言うほど長文か?アレ。」
「三行以上は長文よ。」
「・・・」
あの西園寺も、子どもの頃はこんな感じだったのか。
若干の不安を感じつつも、一刻も早く霊域を何とかしなければならないという焦燥感に追い立てられて、俺は侵入経路について考え始めた。
とりあえず俺は、ひっそりと洞窟から十メートルほどの距離にある茂みに移動してしゃがみこんで周囲の観察を始めることにした。
西園寺も俺に倣って音どころか気配も消して隣に膝をついた。
・・・出入口はあの洞窟ひとつしかないから、忍び込むのならば如何にしてそこまで辿り着けるかをまず考えなければならない。
まずそれぞれが別方向に視線を向けている以上、今のままでは辿り着く前に止められてしまう。
制止を振り切って突入できるほどの筋力はまだない。おそらく、さすがの西園寺もこの時点では不可能だろう。
それに「忍び込む」と言うのなら、バレてはいけない、というのが前提にくる。
なら___視線を一斉に霊域から逸らすしかない。
古典的な手ではあるが、物を投げて音をたてたり、囮を使って注意を向ける方法がある。
だが、ここには囮に回せるような余剰な人員なんていないし、石を投げたとしても、果たしてこの状況で目の前の霊域以上に注意を引けるだろうか。
顎に手を当てて考え込んでいると、ふと、視界の隅に白っぽい何かが揺れた。
「ん?」
「きゅーん」
視線を向けてみると、そこにはふわふわとしたしっぽに小枝やら葉っぱやらをくっつけた三角耳の小動物がちょこんと座っていた。
「狐・・・か?」
「狐ね。ちょっと白すぎる気もするけれど。」
「狐か。」
「きゅん」
小狐は返事でもするかのように小さく鳴くと、俺の足元に擦り寄った。
「知人・・・いえ、知狐なの?懐かれてるみたいだけれど。」
「いや、知らな___ん?」
否定しようとして、何か引っかかった。
・・・・・・何か、大事なことを忘れているような・・・・・・
___『あの子たちは権能ではなく神使___神様の伝令役みたいなものだからね』___
___『狐には気をつけなきゃ』___
・・・・・・あ。
「・・・・・・なぁ。」
「きゅうん?」
「もしかして、穂稀さんとこの狐だったり、するか?」
「きゅん」
あっさりと頷く小狐の姿に、俺は頭を抱えた。
どうして忘れてしまっていたのだろうか。
どうして・・・今の今まで思い出せなかったんだ?
これもまた、毎回忘れてしまっていた彼岸と同じように死んだ影響___
『やーっと思い出したかい平里くん。』
「うわっ!?」
思考が深みに落ちそうになったところで、小狐の口から発された言葉に引き戻された。
「え?今、喋っ・・・」
「宍戸?急にどうしたのよ。そんなに驚いて」
「は?」
『この声は君にしか聞こえてないよ、平里くん。・・・ああ、今は宍戸なんだっけ。宍戸くんって呼んだ方がいいかな?』
目の前の大福餅のような可愛らしい小狐から穂稀さんの声が聞こえるギャップに戸惑いながらも、俺は首を横に振った。
「そのままで・・・」
『おっけー。・・・って通じる?』
「・・・了解、ってことですか?」
『そうそう。』
分からなければすぐ言ってね、文字通りの死語だろうから、と穂稀さんは付け足して笑った。
・・・なんでだろうか。この場にいないのに指先をくるりと回している穂稀さんの姿が思い浮かんだ。
この小狐が『シンシ』というものだからだろうか。それとも、普通に電話口の向こうの相手がふっと思い浮かんだだけのようなものだろうか。
・・・どっちでもいいか。色々規格外の相手のことを一々気にしたところで、理解などできるはずもないのだから。
それよりも今は___
「穂稀さん。」
『なんだい?ようやく素直に助けを求める気になったのかな?』
「うっ・・・その節は・・・・・・大変すみませんでした・・・」
静かに怒りを覚えているであろう声色に圧を感じて、俺は前回の最期を思い出して咄嗟に謝罪を口にした。
隣から西園寺の「何やってんだコイツ」とでも言いたげな視線が突き刺さったが、この程度の恥で突破口を得られるのなら安い・・・はずだ。
そうだと思いたい。
『はぁー・・・ま、終わっちゃったものは仕方ないからね。今更どうこう言うつもりはないよ。
それで、平里くん。君は私に何を願うんだい?』
すっ、と屏風が裏返って別の絵が現れるように、その言葉を皮切りにたちまち周囲は厳粛な空気に満たされた。
声にいつもの温もりは感じられず、凍えそうな程の冷徹さに塗り変わっていた。
「・・・っは・・・」
ぶわりと身体中が泡立ち、押さえつけられているかのように息が苦しくなる。
姿が見えずとも、その場に座していなくとも与えられる畏怖。
これが『カミサマ』というものなのだろうか。
「・・・・・・この先の・・・変異した霊域に、学生が取り残されております。彼らを救出すべく、霊域を攻略すべく、お力を・・・何卒、お力添えを、して頂きたく・・・」
巨大な目がこちらを凝視しているかのような、不快な緊張感。
言葉ひとつを間違えたら、動作ひとつ気に障ったらどうなるか分からない___刃を敷かれた上に立たされているような、そんな張り詰めて重苦しい空気の中で俺は何とかそれだけ口にして、両手をついて頭を下げた。
まるで、その時の機嫌ひとつで命を消し飛ばせる相手と接しているような威圧感。
返答を待つ悠久とも思えるような時間の中、悪寒に震えながらも、灼熱の中にいるかのようにぼたぼたと汗が伝ってゆく感覚だけが鮮明だった。
『ふぅん・・・ま、そうか。名詞すら失われて久しいのに、作法なんて伝わってるわけないよね。
・・・いいよ。助けてあげる。』
永遠とも思えた異様な空気は、彼女の了承とともにふっと緩んだ。
「・・・っはぁ・・・はぁー・・・・・・」
起き上がることも出来ずに俺はその場に倒れ込んだが、そこでやっと上手く息を吸えた気がした。
『ありゃ、大丈夫?』
小狐は俺の頭をぺちぺちと軽く叩くと、すんすんと鼻を鳴らして座った。
「ふぅー・・・・・・もう大丈夫です。・・・っ!西園寺は・・・!」
起き上がって軽く土を払うと、俺はハッとして西園寺の方を振り返った。
やけに静かだ。もしや、あの空気に当てられて気絶でもしてるんじゃないか。そうでなくても、恐慌状態になってるかもしれない。
だが、俺のその予想とは裏腹に___異様な光景が広がっていた。
烏が立っていた。
西園寺と同じ背丈くらいはあろう巨大な烏が、彼女と俺たちを隔てるかのように、翼を畳んで静かに佇んでいた。
烏は露に濡れたぬばたまのような目でこちらを睨みつけると、ふっと蜃気楼のようにたちまち消え去った。
「・・・今のは・・・」
『八咫烏だね。三本脚だったし。』
「え」
『何をそんなに驚いて___あ、もしかして神降・・・三次覚醒以外で神様が表に出てくるとは思わなかったとか?』
「そうじゃなくて・・・いや、そっちも驚きましたけども。『八咫烏』ってカミサマの名前だったんですか?」
『ああ、そっちか。ううん・・・そうとも言えるし、違うとも言えるかな。
神様の化身として、神使として、あるいは神様に仕えている種族として。『八咫烏』の名を持った烏の逸話は多岐にわたるから、はっきりとは言えないんだ。』
「そう、ですか・・・」
多くの逸話を持った三足の大烏。
なら、その名を冠した部隊の巫女はもしや___
『ところで平里くん。
急がなくていいのかな?』
「!・・・西園寺!」
穂稀さんにそう呼びかけられて、はっと現実を思い出した。
クソッ、また悪い癖が出た。
状況を鑑みずに情報を整理しようとする癖が直らない。
己の悪癖に辟易しながらも慌てて西園寺に声を掛けると、西園寺はうたた寝から覚めたようにびくりと肩を震わせてこちらを見た。
「あ、あれ?宍戸?」
「・・・?西園寺・・・?」
「・・・ああ、違う、違うの。寝てた訳でも、ぼんやりしてた訳でもないの。ないのに・・・」
自分の身に何が起きていたのか訳が分からない、と言いたげに狼狽えている西園寺の様子に、あの大烏の意図を悟った。
守ったのか。あの威圧感から。
「大丈夫だ、分かっているから。
・・・それより西園寺。」
「なに?思いついたの?」
「ああ。だから、霊域に飛び込む準備をしていてくれ。」
「分かったわ。」
「・・・で、穂稀さん。」
『囮になればいいんでしょ?いいよー。』
「お願いします。」
『タイミングは?』
「任せます。」
『おっけー。』
穂稀さんが了承すると同時に、小狐の姿が揺らぎ、鹿ほどの大きさになった。
それを見た西園寺は目を丸くして、腰から下げた霊符入れに手を伸ばした。
「!?まさか、怪異___」
「怪異じゃない。穂稀さ・・・あの狐は味方だ。」
「ええ・・・?それ、本気で言ってるの?」
「残念ながら本気だ。」
「そう・・・」
西園寺は不安げに口を噤むと、訝しげに大狐の方に視線を向けた。
そしてしばらく何か言いたげにしていたが、やがて降参するように両手をひらりと振った。
「はぁー、もう。分かったわよ。今回だけは信じてあげる。」
「助かる。」
『話はついたね。準備は大丈夫?』
西園寺が自分を受け入れたと見るや否や、穂稀さんはそう尋ねてきた。
「大丈夫です。・・・よな?」
「私は狐の言葉は分からないけれど・・・突入準備ならできてるわ。」
そういえば、穂稀さんの声は西園寺には届いていないんだったか。
ほんの少しのやり辛さを感じたが、変異した霊域が乙等級程度ならば忍び込めればその後はどうとでもなるだろう。
やり辛いのはそれまでの短い間だけだ。何とかできるはずだ。
そう自分に言い聞かせて、俺は視線を洞窟に移した。
「・・・穂稀さん。あとはお願いします。」
『おっけー。・・・じゃ、いくよー・・・っ!』
穂稀さんがそう言った直後、大狐は大きく飛び上がり洞窟と正反対の場所に大きな音を立てて着地した。
「!?怪異か!?」
「なんでこんな時に・・・!」
その音と姿に、洞窟の前にいた人々の意識が一気に大狐の方へ向けられた。
「行くぞ!」
「ええ!」
その隙に俺と西園寺はぽっかりと口を開けている洞窟に向かって走り出し___通せんぼでもするかのように掛かっている注連縄をくぐり抜けた。
ここの話だけやたら長くなってしまったので複数に分けます
詰め込み過ぎました




