桜
「・・・と、いうわけで。写真撮ってもいい?」
「どういうわけですか?いやです。」
「えぇー、そんなぁー・・・」
それからさらに数ヶ月後。
六歳になり安定して魔力を扱えるようになった俺は初等部の真新しい制服に身を包んで、白い学生服姿の風早さんに手を引かれていた。
白っぽい花びらが雨のように降り続ける桜並木。地面に落ちた花を踏んで汚すのが忍びなくて、ただでさえ短い歩幅をさらに縮めて歩く。
風早さんはそれに何も言わずに、ただ俺の歩幅に合わせてくれている。
・・・通学義務があるのは中等部から、ではあるものの。思春期の暴発リスクが高いから中等部から義務になっているだけで初等部ならリスクがゼロという訳ではない。
異能が使えるなら早めに異能者教育の専門機関にいた方が良い___と、二度目のときに風早さんは言っていた。
要するに、「異能の暴発リスクを考えて公立の小学校に通うよりは対処出来る大人の揃っている学校に行った方が安全」、ということなのだろう。
それはそれとして___ちらりと風早さんを見上げると、花でも飛びそうなほどのいい笑顔が向けられていた。
「・・・なにしてるんですか?」
「えー?なんでもないけどー?」
風早さんが覗き込むように首を傾げた拍子にストラップが揺れて、下げられたカメラの、魚の目みたいなレンズが近くなる。
「・・・ほんとになにしてるんですか?つうほうしますよ。」
「何もしてないよ?手は繋いでるけど。」
「わかってますよ。」
ただ歩いているだけだ。それなのに、どうしてこの人はそんなに嬉しそうなんだろうか。
ただ与えられるだけ、ただ風早さんのリソースを食い潰しているだけの俺といるのに。
今までのことだけじゃない。今回だって、母の件やその他諸々で迷惑をかけ続けているのに。
どうして___。
なんとなく居心地が悪くなって俯くと、不意に風早さんが歩を止めた。
「かざはやさん?」
ざあっ、と風が吹いて桜吹雪が駆け抜けていく。靡いた髪に遮られて、風早さんの表情が見えなくなった。
「・・・平里。」
ようやく開かれた口から発された声がひどく平坦に聞こえて、俺が身構えていると___
「やっぱり写真撮らせてくれない?一枚だけでも良いからさぁ〜」
「はい?」
あまりにあっけらかんとそう言うものだから、聞き間違いかと思ってしまった。
「な、なんでですか?っていうかさっき、ことわりましたよね。」
「えー。だってさあ。こんなにかわいいのに写真に残さないなんてもったいないし・・・それに母君も喜ぶと思うんだけどなー。」
「・・・なんでそこで、かあしゃんのなまえがでてくるんですか。」
たじろぎながらも聞き返すと、風早さんはわざとらしく頬に手をあてて首を傾げた。
「だってさー。宍戸家行ってから一度たりとも母君に連絡してないでしょ?手紙どころか電話すらしないなんて・・・
あーあ、あんなに君の身を案じてるのに当の本人が会いに来てくれないんだもんなー。写真くらい渡してあげてもいいのになー。」
「うっ」
言われてみればそうかもしれない。
いくら関わると巻き込まれるかもしれないとしたって、なんらかの方法で無事を伝えるべきだった・・・のかもしれない。
便りがない子の無事を信じて待ち続けるのは、きっと辛いことだろう。
それでも放り出さずに身を案じてくれているのは、俺をまだ愛してくれているからなのだろうか。
『愛情』とはそういうものなんだよ、と笑っていたのは誰だっただろうか。
・・・その感情は、きっとこの先も俺には分からないんだろう。いくらやり直したところで、壊れた感情は戻せないのだから。
「・・・はぁ。ちょっとだけですからね!」
「ありがとう、平里。・・・それじゃあまずは桜を背景に撮ろうか!」
「『まずは』って、なんまいとるきなんですか!?」
「何枚までなら良い?」
「いちまい」
「一枚か・・・もう一声。お願い。」
「・・・にまい」
「二枚かあ。それ以上は?」
「いやです。」
「嫌かぁ。嫌なら仕方ないね。」
あっさりと引き下がって桜の木の真下まで行くと、風早さんは繋いでいた手を解いて離れていった。
「じゃ、撮るよー!笑ってー?」
楽しそうにゴツいカメラを構える風早さんの様子がなんだかアンバランスでおかしく見える。
中学生とはいえ、まだ成長期の最中だから余計にそう見えるのかもしれない。
俺はしっかりとレンズに顔を向けて___ぎこちなく笑った。
風早さんは嬉しそうにシャッターを切ると「二枚目は門の前で撮ろうか」、と綺麗に笑った。




