当主
「樒___お主の父君はそれはそれは素晴らしい御仁でなあ。」
上機嫌で玉砂利を踏みつけていく重村剣士の後ろをついて行く。こちらを振り返りはしないものの、どうやら歩幅を合わせてくれているらしく、付かず離れずの距離を保っている。
どこからか迷い込んだ小狐が松の木に勢いよく飛び乗り、バラバラと古葉が落ちてきたが、重村剣士は気にも留めずに、悠々と庭園を進んでゆく。
・・・どこに向かうつもりなんだ?この方向は、まさか・・・。
「あのっ」
「んん?疲れたか?」
そう言って足を止めて振り返る動作にすら隙がない。
本当になんで、この人はこんなところにいるんだろうか。
「そーじゃなくて、えっと。もしかして、ほんかんに、いこうと、してるんですか?」
遠慮がちに尋ねると、重村剣士はにやっと笑った。
「よく分かったなあ。ちょいと、当主さんに用事があるでな。」
当主に?・・・いやでも、そんな勝手に行ってすぐに会えるわけないんじゃないか?
名を馳せているとはいえ異能を持たない剣士と、前当主の子とはいえたかが私生児だ。門前払いならぬ室前払いされるのがオチだろう___。
そんな俺の予想は、呆気なく覆された。
***
「重村殿っ!なぜこちらに・・・」
重村剣士が執務室の扉を少々乱暴に開けると、慌てた様子で、でもどこか嬉しそうに現当主である伯父は駆け寄ってきた。
「なに、少し頼み事があってな。」
「頼み事、ですか?」
「うむ。」
伯父の問いに重村剣士は大仰に頷いた。そして俺の背中に手を添えて前に出るよう促してきた。
不思議に思いながらも一歩前に出ると、伯父は目を丸くして神妙な顔つきになった。
「それはつまり・・・この子は重村殿のお眼鏡にかなった、ということですか?」
「そうだとも。
・・・重村甲等級剣士が、この子が次期当主となれるよう後ろ盾となろう。」
「そうですか。兄上の子が・・・喜ばしいことだ・・・。・・・重村殿。微力ながら私もサポート致します故、どうかこの子をよろしくお願い致します。」
次期当主・・・当主?
「え?」
本気か?・・・一度目の人生では、そんなことなかったのに。
あくまで次期当主『候補』のうちの一人、の立ち位置だったはずだ。
それを、こう・・・こうもあっさりと支持を、というか。伯父にも子どもが何人もいたはずだ。
なんでこんな涙を流して喜んでいるんだ?
・・・分からない。普通は自分の子を後継にしたがるもんじゃないのか?
一度目の人生。
嫉妬に駆られ刃を持ち出した伯父の長男。嫌悪感を隠しもせず、俺の物を片っ端から壊した次女。ひたすら俺に当たり散らし、××を強いて安心して眠ることすらできなくさせた長女。罵詈雑言を浴びせてきたその他大勢。
それを、困ったような顔で眺めるだけの当主・・・
それなのに、俺を次期当主にさせようとするならあれは、一体何のために傍観していたんだ?
期待外れだったからか?お前たちの都合で振り回しておいて?
・・・屑共が・・・。
とはいえ、今の彼らはまだ何もしていない。加害の事実がない以上、責めるのはお門違いというものだろう。
これから起きる可能性を念頭に、都度対処していくしかない。
・・・・・・嫌だな。
「んん?どうかしたか。当主は嫌か?」
「わっ」
軽々と抱き上げられ、思考が中断された。
そうだ、もう俺は以前の俺じゃない。
頼れる人のいなかったあの頃とは違うんだ。
ぶんぶんと首を横に振ると、重村剣士は嬉しそうに笑った。
「おーおーそうか。なら、儂がお前を鍛えてやるからのう。」
「兄上の代わりにはなないが、私もしっかりと支援するからな。遠慮せずなんでも言ってくれ。」
・・・やっぱり落ち着かないな。
かつて俺を追い詰めた当主が目を輝かせているのは、かなり居心地が悪かった。




