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いと愛しき君たちへ  作者: おおよそもやし
二章:Re:Re:Re:start
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もう一度、ここから


___数ヶ月後。


ギィギィと軋む鴬張の廊下に嫌な予感がして顔を顰めた。


「どうかなさいましたか」

「いえ、なんでもないです。」

「そうですか」


前を歩く女中さんに片手を振って気にする必要のないことを示して、俺は周囲の様子に集中した。

左右にずらりと並ぶ流麗な文様で飾り立てられた襖の内から、ぼそぼそと絶えず耳に届く声。戸の隙間から向けられる不躾な視線。


・・・値踏まれているようで落ち着かない。


もし俺が見た目相応___本当の幼児であったなら、耐えきれずに泣き出してしまっていたかもしれない。初めて来た時のことはよく覚えていないが、恐らく碌でもない状況だったのだろう。


だが、今の俺は中身は大人だ。享年二十六を何度も繰り返したのだから、相応の落ち着きと精神力を持っているのだ。


だから、大丈夫。なんとかできるはずだ。


半ば自分に言い聞かせるようにそう心の内で繰り返していると、ふと、前方の女中さんがぴたりと足を止めた。


目の前に現れた一際絢爛な襖の前ですっと正座をすると、彼女はピンと張った声で「失礼します」と言って襖を開けた。


「お連れしました」


滑らかな動作で頭を下げる女中さんをぼんやりと眺めていると、部屋の奥___上座の方から控えめな声が飛んできた。


「ごくろう。もう下がれ。」

「かしこまりました」


そそくさと来た道を戻っていく女中さんの背中を見送ると、俺は部屋の中に目を向けた。

四部屋ほど続き間にしたような空間。二階分程はあるだろう、高い天井。天井を支えている梁は縦横に規則正しくのびてまるで方眼紙のようだ。

左側に設けられた縁側からは障子を通して燦々と陽光が差し込み室内を明るく保っている。


そして、室内の左右にずらりと正座している大人たちと___所在なさげに上座に座っている、宍戸家の現当主。


歳は確かこの時点ではまだ青年と呼んでも差し支えなかったはずだが、自信なさげな態度と気苦労で白髪混じりになった黒髪が、彼の印象を何十年分も老けさせて見せた。


「・・・君が、兄上の子か?」


おどおどとした口調でそう問われれば、苛立ちよりも先に呆れが出てきた。

まだ部屋に入ってもないのに。作法を知らないのだろうと招き入れることもせずにそれを聞くのか。


「・・・あなたがたが、そうだんじた、のでしょう?」


ため息を飲み込んでそう返すと、室内にざわめきが起きた。

五歳児がこんな返答するなんて不自然すぎるからだろう。そのまま不気味に思って放っておいてくれると良いんだが・・・。

薄暗い廊下に立ったまま、今度はこちらから値踏みするような視線を投げると、ぴたりとざわめきは収まり異端を見る目を向けられた。


それでいい。関わることすら嫌がってくれた方が、きっと安全だ。


ぐるりと大人たちを見渡して当主に目を向けると、彼は大きく瑠璃色の目を見開いて二、三言ボソリと呟いていた。


「・・・」


やっぱり彼は当主には向いていないんだな。

だから宍戸家の連中は俺を血眼になって探して、母を___。


哀れと思うと同時に「お前さえしっかりしていれば」、という怒りが湧き上がってきた。

行き場のない感情を投げつける訳にもいかず、俺はただ静かに佇んでいることしかできなかった。


***


「これよりお側にお仕えさせていただきます、加持と申します。どうぞよろしく___」

「いりません。」

「・・・はい?」

「あなたのようなひとは、いりません。」


宍戸邸の、俺に宛てがわれた離れの一室で、俺は読んでいた本をパタリと閉じてそう告げた。

数時間放置決め込むような侍従とか誰がいるんだよ、の意を込めて目の前の給仕服姿の女性を一瞥した。


年は母より少し下くらいだろうか。年若い彼女は不満を隠しもせずにふん、と鼻を鳴らした。


「いくら宍戸の血を引くとはいえ、妾腹の子の世話をしたいと思うような人間がここにいるわけないでしょう?わたしだって、本当は来たくなかったのですよ。」


彼女は苛立たしげにそう言って赤茶色の目をキッと吊り上げた。そして嫌な笑みをべたりと顔に貼り付けて、俺の肩に手を置いた。


「だから、あまりワガママを言ってわたしの手間を増やさないでいただけますか?」

「・・・」


・・・分かっていたとはいえ、ちょっと拒絶しただけでここまで悪意を隠そうともしないとは思わなかった。

以前___一周目でも彼女が俺の身の回りの世話をしていたが、情報を流されたり嫌がらせをしてきたりといい思い出がない。


だから今回はせめて側に置きたくないんだが・・・どうしたものか。

子どもではやれることも限られてるし、当主に相談したところで、気の弱い彼にはどうにもできないだろう。


ギリギリと肩に掛かる力に呆れ返りながらそう考えていると、不意に右前方の襖の向こうから押し殺した笑い声が聞こえてきた。


「っ!?誰です!?」


焦った様子で彼女が呼びかけると、すっと開いた襖の向こうから熊のような大男が姿を現した。


・・・誰だ?見覚えが全く___


「・・・重村殿。なぜあなたがここに?」


ひくついた声で彼女が口にした名前に、聞き覚えがあった。

重村?重村ってまさか、あの・・・!?

曰く、剛腕の剣士と。曰く、武の頂に至った者と。


「んん?この屋敷に儂のいてはいけない場所なんてあったか?」


そう形容される程の戦士は、はてと首を傾げ悪戯っぽく笑った。

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