墜、
大崩海岸、雑木林にて。
幹に打ち付けられた身体をふらふらと揺らしながら起きると、いつの間にか無線機がどこかへ飛んでいっていたことに気付いた。
あー、怒られっかな・・・。
ばたばたと胴のどこかから落ちる血から意識を逸らして、俺は目の前の巨蟹に向き直った。
俺も満身創痍だが、巨蟹だって同じようなものだ。
脚は既に左の一本しか残っておらず、両の鋏は割れて挟み込むこともできない有り様だ。顔に至っては、片目は潰され、顎脚は折れてだらりと垂れ下がっている。
ああクソ硬えなぁ。いい加減もう死んでくれよ。
・・・そもそもなんでこんなに頑張ってるんだったか。どうせ、どうせまた神原が巻き戻したら全部なかったことになるのに。
・・・どうでもいいか。
蝦蛄のように繰り出された鋏をすんでのところで躱す。お互い疲弊しきって動きが鈍いが、それでも止める訳にはいかないのだ。
実力差もなく、決定打もなく。
重い身体を引き摺って、ただただ戦い続ける。
戦法も武術も何も無い、ただの子どもの喧嘩のような、そんな戦いだ。
いい加減死んでくれと、きっとお互いに願ってる。
どのくらいの時間が経った?あとどれくらい耐えればいい?どれだけ待てば
助けは、来るんだ?
いつまで・・・
「・・・がっ・・・オエ゛ッ」
混濁していく意識が、痛みで現実に引き戻された。腹に突き刺さった鋏が内臓ごと貫いて、喉を血で満たした。
堪らず吐き出して気道を確保したが、どうにも上手く息が吸い込めない。壊れた笛のような掠れた音が、もう手遅れだと言っていた。
・・・ここまでか。
「・・・とりゃあ!」
諦めようとした、直後。
覆い被さるように視界を塞いでいた巨蟹を、誰かが体当たりで吹っ飛ばした。
「平里さん!大丈・・・っ!?」
駆け寄ってきたのは・・・松也か。
「・・・遅かったな」
「・・・すみません・・・」
「・・・冗談だよ、そんな、落ち込むことないだろ・・・」
なんとか声を絞り出したあと、長く息を吐いて蟹の方に顔を向けた。
どうやらあちらも限界だったらしく、顎の辺りを蹴り上げられて動かなくなった。
「っふぅー・・・死にかけにしてはしぶとかったわね・・・」
この声・・・ああ、桐生か。霊符使わずに霊力込めてぶん殴ってたのかよ、アイツ。
「古賀、平里の様子は・・・って重傷のくせに何よその目は。」
「・・・別に・・・」
白く霞がかっていく視界で、薄らぼんやりと眺めながら呆れていると、不意に沈黙していた蟹の脚がピクっと動いたのが見えた。
マズい。仕留めきれてな___っ!クソッ!
「平里さん!?」
痺れて重い身体を、無理やり魔力で強化して巨蟹に向かって突っ込む。
巨蟹も起き上がってこちらにもう一度鋏を突き刺そうとしてきたが、それよりも早く俺は蟹の腹に体当たりしていた。
「・・・ぐっ・・・桐、」
生、と呼びかけようと口を動かした、その瞬間。
轟音と刹那の浮遊感、そして、蟹の向こうに波打つ海と切り立った岩が見えた。
「あ。」
落ちたのか。
そう確認する間もなく、すさまじい衝撃が襲ってきて、視界が爆ぜた。
何度も何度も崖のでっぱりやら岩やらに激突して、頭はチカチカと不規則に白と黒を繰り返す。痛みは、とうに感じなかった。
やっと視界が回復した頃には、脚はすっかり反対側に折れ、周囲は暗い水の底になっていた。
あの蟹は、ちゃんと死んだのだろうか。
俺は、どんな姿をしている?
・・・もしかすると、全身ひしゃげて目も当てられない状態になっているのかもしれないな。
・・・今度は、守れて良かった。二の舞になったら、小鳥遊に顔向けできない・・・。
ひどい眠気に抗えず、俺は静かに瞼を閉じた。
そして、
四度目の人生が、始まった。




