抵抗
「《妨害》《破壊》!」
波のように襲いかかってくる、手のひらほどの大きさの小蟹の群れを、詠唱で足止めして砕き切る。
左手があればもっと楽に戦えたのに・・・とちらと思ったが、もう無いものは無いのだから、諦めるしかない。魔力消費が大きすぎる義手も今は使えない。
なら、残っているもので何とかするしかない。
『平里くん!』
「なんですか!?」
『巨蟹が移動始めた!』
「は!?・・・《束縛》、クソッなんで今・・・!?」
魔力の糸に囚われ、ギィギィと蠢く小蟹たちから視線を外して、巨蟹の動向へ意識を向けた。
苔むした巨体が、地響きを伴って崖を伝っていく。その振動でバラバラと地崩れが起き、遥か下の海面に高い水柱が上がった。
「あの方角は・・・!」
『駅の方だね。』
「・・・ここに来てからどの位経ちましたか?」
『まだ十分くらいしか経ってないよ。・・・どうするの?』
「やるしか・・・ないでしょうね。もちろん。」
『だよね・・・手は必要?』
「いえ、大丈夫です。・・・時間さえ稼げれば良いので。」
『了解。でも、無理そうなら呼んでね。』
「はい。・・・《破壊》。」
小さく頷いて、捕らえていた小蟹たちを一掃すると、俺はそのまま巨蟹に狙いを定めた。
右手の人差し指と中指を揃えて、その指先の中心に巨蟹がくるように構える。
「・・・《開け》」
詠唱とともに放たれた魔力の矢が、巨蟹の硬い甲羅を穿ち、数メートル程の亀裂を生んだ。
「ヴァァァァァァァァァ!!!」
「・・・よし。《妨害》《破壊》!」
太い雄叫びをあげて、こちらに向かって全速力で崖を登ってくる巨蟹に、素早く魔力を叩き込んで右脚を一本砕き飛ばす。妨害されて更に気が立ったのか、目を血走らせ顎脚をガチガチと鳴らした。
『そんなに怒らせて大丈夫なの・・・』
無線機の向こうで、心配そうにポツリと呟く穂稀さんの声が聞こえたが、返す暇はない。
この2トントラック程もある蟹をあと二十分___場合によってはもっと___ここで足止めしなければならないのだから。
「やってやるよ・・・!」
崖からぬっと伸びてくる鋏を睨みつけながらそう呟いて、俺は自らを奮い立たせた。
***
「もっと速度出せないんですか!?」
「これ以上は無理だよ嬢ちゃん〜。こんな小さな車に三人も乗ってるんだぜ?いくらおじさんの運転が天才的でも、そりゃあ無茶ってもんだよ。」
「ならもっといい車用意して下さいよ!」
「浪漫がないだろ浪漫が〜・・・っいてっ嬢ちゃん叩かないでー!おじさん運転中なんだけどー!?」
「そんなこと!言ってる!場合じゃ!ないでしょう!?」
型落ちの、古めかしい小型自動車に揺られながら、松也は目の前の喧騒から目を逸らして、窓の外へ目を向けた。
(まさか動ける人員がこれだけとか・・・平里さんは、大丈夫だろうか。余命宣告されてるんだ、ただでさえ体調が良くないだろうに一人で・・・)
不安と焦燥に潰されそうになって、気を紛らわせようと松也は再び前方に意識を向けた。
「だーかーらー!悪かったって!許可おりる前に動かせるのがおじさんの車しかなかったんだよぉー!」
芝居がかった言い方でそう話す運転席の、う立つの上がらなそうな中年は、梶浦という名の刑事らしい。
これでも昔はいくつもの呪術関連の事件を解決に導いてきたとかなんとか。
「だからって今どき、普段からガスで走る車乗ってる奴がどこにいるんですか!博物館持っていったら展示品になりますよ、今すぐに!!!」
そして、助手席でギャンギャン言っている黒髪の女性___陰陽寮情報部所属の甲等級陰陽師である桐生は、学生の間にその梶浦と共に事件解決に奔走したとかなんとか。
(・・・ホントかなぁ。誇張されてるんじゃないの。コイツらで大丈夫かなぁ・・・。)
「ここにいるよぉ」と弱々しく返す梶浦刑事と、焦りの滲む表情で舌打ちをする桐生を疑いの目で眺め、松也は小さくため息を吐いた。




