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いと愛しき君たちへ  作者: おおよそもやし
一章:Lotus
49/79

巨蟹

「!?」

「落ち着いて、怪異が出たんだ。えーっと・・・」


穂稀さんは柱の奥に引っ込むと、ノートパソコンのようなものを片手にケーブルを引きずって戻ってきた。

旧時代の機器か?魔力は感じないが、内部機構はどうなっているのだろうか。気になるな・・・。

・・・いや、今はそれどころじゃない。

自分にそう言い聞かせて気持ちを切り替えると、開かれた画面に意識を集中させた。


「今いるのがここだね。それで、怪異が出たのが・・・」


そう言って画面に表示された地図を見せながら、穂稀さんはすいーっと指先を移動させた。


「・・・ここって・・・」

「大崩海岸。崩落の多い上に、切り立った崖ばかりだから戦うには向いてないね。けど・・・」

「海通って人の多い場所に移動されたら厄介ですね。・・・種類はわかってるんですか?」

「まさか行く気じゃないよね?」

「・・・この周辺は元々怪異の発生件数が著しく少ない。今から要請したところで、被害が出る前に討伐できる可能性は低いでしょう。・・・それなら、やるしかないのでは?」

「はぁ・・・わかったよ。ちょっと待ってね。」


穂稀さんは呆れた様子でしばらく額を押さえると、諦めたように説明を始めた。


「見た目は大きな蟹らしい。詳細は不明。」

「分からないんですか?ここまで情報出せるのに・・・」

「交戦してない以上、詳細までは分からないのさ。狐たちだって、さすがに私に命を賭けてくれる程の忠誠は持っていないし。」

「・・・つまり、シンシはあくまで部下みたいなものなんですね。」

「そういうこと。」


カチャカチャとなにやら打ち込みながら穂稀さんは頷く。そしてノートパソコンの横を開いてメモリーカードを取り出すと、片耳掛けのヘッドセットのようなものに差し込んだ。


「はい、これ着けて。」

「これは?」

「無線だよ。情報共有しながらの方がいいだろう?・・・昔のを改良しただけだから、音質とかは悪いかもだけど・・・」

「別に良いですよそのくらい・・・」


差し出された無線機を左耳に固定して、数メートル程下がった。


『あー、あー、聞こえてる?』

「聞こえます。」

『了解。・・・気をつけてね。』

「はい。」


俺は頷いて、元来た通路を駆け戻った。


***


霊域を抜けて映画館に戻ると、先程の扉の前に立っていた。ロビーまで戻ると、若干薄汚れた松也が立っていた。


「あっ平里さん!今までどこに___うわ!」


近付いてきた松也の質問を遮って担ぎ上げると、俺はそのまま走り出した。


「説明は後でする!怪異が出た。」

「え!?なんで分か・・・いや、その前にこの辺は怪異なんて出る訳」

「いいから口閉じてろ。舌噛みたいのか?」


松也が困惑した様子ながらも渋々黙り込んだのを確認して、俺は義手への魔力供給を断ち切って全身の強化に魔力を回し始めた。


***


およそ四十分後。


松也に救援要請を出すよう頼んで、俺は怪異の監視をしていた。

巨蟹はひょいひょいと、体躯の重厚さを感じさせないような軽やかさで崖の側面を移動していく。


「マズいな・・・思ったよりも俊敏だ・・・」

『素早い蟹・・・静岡県、いや今は駿河か。だから・・・"兵太の滝の巨蟹"、かな。』

「知ってるんですか?それなら弱点とかって・・・」

『それが分からないんだ。わかるのは一時(いっとき)で長距離を移動することと、移動する時に轟音を立てることと、滝壺に住み着いていることくらいで。』

「そうですか・・・」


滝壺からここまで来れるだけの機動力があるのなら、救援が来るまで大人しくしているとは到底思えない。怪異である以上、目的がただの散歩であるはずも無いのだから。


『救援はどのぐらいかかりそうか分かるかい?』

「松也に要請頼んだのが二十分くらい前なので恐らく・・・西園寺ならあと十分、他なら三十分はかかるかと。」

『なるほどね。・・・ま、都合のいい救援は期待しない方が良い。皮算用はリスクが高くなるだけだからね。』

「そうですね。」


崖の上の雑木林に身を潜めたまま、もう一度蟹をよく観察していると___ふと、奇妙な視線を感じた。俺はそのことに気付かれないように、努めて冷静を装ったまま、無線機越しに穂稀さんに尋ねた。


「・・・穂稀さん」

『なんだい?』

「俺の近くに狐はいますか?」

『いないはずだけど・・何かいるのかい?』


狐ではない。だが、この感じは人のものではない。


なら___


怪異か!


「っ!」


近くまで差し迫っていた気配を殴り飛ばすと、ソレは小さな蟹だった。蟹、ということは。


「群れで行動する怪異ってことか・・・」


一匹目を殴り飛ばした途端にカサカサと周囲から耳障りな音が聞こえ始め、周囲の空気が淀んでいった。


「・・・・・・っし。ま、やるしかないよな。」


突き刺すような無数の目を前に、俺は覚悟を決めて向き直った。

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