神様
「ん・・・」
どうやらあのまま眠ってしまってたみたい。
薄らと目を開けて周囲をぼんやりと見回すと、あたりはすっかり暗闇に包まれていた。風に枝を触れ合わせる木々の葉音と、時折獣の立てるカサカサと落ち葉を踏む軽い足音。秋虫の、どこか侘しさを感じる輪唱。
人の気配など無く、ただ『自然』のみが満ちているのを感じてほっと胸を撫で下ろした。
わたしを抱きしめたまま傍らで穏やかな寝息を立てている咲良の頭をそっと撫でると、昼間の出来事について思考を巡らせた。
敵軍がわたし___神依を捕まえようとしていたのは、恐らく神依に対抗する術を研究するためだろう。でも、それならなぜわざわざ防衛線が張られているこちら側に来たのか。そしてそうであるにも関わらず、なぜ誰も気づかなかったのか。
そして何より___あの物体。あれは一体何なのだろうか。触れた時の感覚からして十中八九、霊力を吸い取って権能を使えなくする類のものだろう。だけど、霊力は機械による観測が不可能な超常的な力のはず。どうやってソレを認識して奪うことができたのだろうか?
考えれば考えるほど全てが疑わしく思えてくる。上層部からの指示もそうだし、報道番組で流れている世論も、今わたしたちが置かれている戦局も。
咲良はたしか甲級に振り分けられていたはず。だから自由に出歩ける範囲はとても限られている。それなのにこんなところにいるってことは、実はここはとんでもなく危険地帯だと判断下されたんじゃないの?
疑心暗鬼になりながら、わたしは震える手を組んで目を閉じた。日本なのだから本来は手を合わせるべきなのだろうけれど、そこまで考えが回らなかった。
神様、神様。教えてください。
わたしたちは、どうして___。
答えが返ってこないことなど、分かりきっていた。夢でもそうだったから。それでも祈り、問う。
どうしてこんな目に遭わされ続けるのですか、と。
祈って、祈って、祈って___少しの時間が過ぎたとき。ふと、視線を感じてばっと顔を上げた。
「きゅーん」
「き、狐・・・?」
いつの間にか目の前にいた一匹の黄金色の狐はひとつ鳴くと、ぽかんとしているわたしの足元に擦り寄った。
「・・・もしかして、励ましてくれてるの?」
「くぅん」
「・・・ふふ。かわい・・・かわいいね。」
わたしが狐の頬を指の背ですりっと撫ぜると、狐は擽ったそうに目を細めた。
「・・・・・・日が出たら、拠点に戻って戦況を確認しないと・・・」
そう呟いてわたしが俯くと、狐はぴょんと跳ねて去っていった。
「あっ・・・行っちゃった・・・」
戻ってきてくれないかな、としばらくガサガサと草の葉が揺れるのが遠ざかって行くのを目で追いかけていた。けれど、すぐに暗闇に紛れてそれすらも見えなくなってしまった。
「・・・はぁ・・・」
ほんとに、どうなってるんだろう・・・。
咲良の腕を解いてゆっくりと地面に横たわらせると、わたしは再び膝を抱えて蹲った。
***
「ん・・・?」
どうやら再び寝入ってしまったらしく、東から日が上り始めていた。
精神的疲労のせいだろうか?なんだか昨日からやけに眠いような・・・。
長時間同じ姿勢だったせいで身体が軋む。よろよろと立ち上がって洞窟の外に出ると、わたしは周囲を見回した。
誰もいない・・・よね?
周囲に気配がしないことにホッとして深呼吸する。冷えた朝の空気に頭がすっきりした気がする。
咲良の様子を見ようと洞窟の方へ足を向けた時、ふと背後からぬっと伸びてきた手がわたしの肩を叩いた。
「ひっっっっ・・・わああああああああっっっ!?」
「ちょっとちょっと静かに・・・・・・大丈夫?」
「あ、ああー・・・・・・大丈夫です・・・・・・って、大伴曹長・・・?なんでこちらに?」
情けない悲鳴を上げて飛び退くと、背嚢を前に抱えた迷彩服姿の男性は困ったように微笑んだ。
「昨日の襲撃で、通信網が混迷していてね。それで、埒が明かないから私が現場に直接来てみたってワケ。」
「なるほど・・・」
わたしを安心させるように明るい声色でそう言うと、曹長は保護帽から覗く若白髪をぽりぽりと掻いた。
「ま、ともかく。無事で良かったよ。・・・ところで、他の子達は?」
「それが・・・すみません、分からないんです・・・」
「・・・そうか。ま、生きててくれて良かった。」
わたしが思わず俯くと、曹長は笑みを作って肩をぱしぱしと叩いてきた。
・・・気遣ってくれているのだろうか。
「・・・あっ。そうだ、大伴曹長。実は昨日___」
昨日の出来事を曹長に伝えようとした直後。
ドォンッ、と爆発音が響き渡り、少し離れた場所の木々がなぎ倒されていくのが見えた。
「!?」
「危ない!」
わたしが驚いて固まっていると、突然曹長に突き飛ばされた。尻餅をついて顔を上げると、ピッと生温かい液体がかかった。
「え?」
状況が上手く呑み込めず、頭が真っ白になる。呆然としながらも先程まで立っていた場所に目を向けると、曹長がうつ伏せに倒れていた。首元からどくどくと流れていく赤が、じわり、じわりと周囲に赤黒い染みを広げていく。
「大伴・・・曹、長・・・!?」
嫌な予感が頭をよぎって、ピクリとも動かない曹長に駆け寄った。
「曹長!大伴曹長!?」
「・・・・・・ば・・・逃、げ・・・ろ・・・」
出血の止まらない首元を手巾で押さえながら呼びかけると、消え入りそうな声で曹長はそう言った。
「でも・・・!」
「・・・・・・逃げ・・・・・・」
「大伴曹長!?」
その一言を最後に、曹長は沈黙した。わたしはそれが受け入れられなくて、なおも流れ続ける血を止めようと躍起になって押さえ続けた。それでも、だんだんと熱は失われていく。命が、消えていく。
「なんで・・・!止まってよ!」
「穂稀!」
錯乱しそうな意識の中でも止血を試み続けていると、不意にぐいっと腕を引き上げられた。ゆっくりと顔を向けると、青い顔をした咲良がわたしの腕を掴んでいた。
「逃げるよ!」
「でも、大伴曹長が」
「・・・・・・もう、死んでるよ。」
「そんな訳、だって、」
さっきまで、話してたのに。
もう、死んでいる?
さあっと血の気が引いていくのを感じた。
これが戦争なんだ。天災でもないのに、大勢の人が死んでいく。数多の命が、消えてゆく。
「穂稀?」
「どうして・・・」
ボロボロと勝手に涙が零れて頬を濡らした。
「・・・穂稀、」
その様子を見た咲良は何かを言いかけて、唇を噛み締めた。そして掴んだままのわたしの腕を再び引っ張ると、ずんずんと大伴曹長から離れるように森の奥へ奥へと進んでゆく。
「咲良」
「今はとにかく逃げるよ。まだ近くにいるかもしれないでしょ。」
声が震えてる・・・咲良も、本当は怖いんだ。
・・・よかった。たとえ人を殺してしまえても、ちゃんと咲良は咲良のままなんだ。
こんな時なのにわたしはその事に気付いて安心してしまった。
よかった、咲良が神様なんかになってなくて。




