爽涼たる君へ
___およそ500年前。
日本、静岡県静岡市。
「でねー?そん時センセーが怒ってさー。もー本っ当大変だったんだよー。」
「あはは。おつかれだったねぇ、咲良。」
いつも通りの帰り道で、わたしはいつも通りのくだらない話に相槌を打って笑った。
目の前の幼なじみは不満げに塩素で焼けた焦げ茶の髪をくるくると指先に巻き付けると、何かを思い出したように「あ」、と呟いた。
「そういえば数学、週明けに抜き打ちの小テストあるってさ。穂稀は勉強してる?」
「え!?マジで!?・・・っていうか、なんで知ってるのさ?」
「他のクラスの子に聞いた〜」
「なるほどー。じゃあ勉強しなきゃだねぇ。明日図書館行く?」
「そうだねー。・・・あ、じゃあその前に映画行こうよ!最近話題になってるやつがあってさー!」
「やだよ。そんなことしたら絶対勉強しないでしょ?」
「バレたか〜」
「・・・・・・っぷ」
おどけた調子で咲良が残念そうにそう言うのがおかしくて、わたしは思わず笑ってしまった。
「ふふっ・・・いいよ、何見たいの?」
「!えっとね、これ!」
咲良とスマホの画面を覗き込んで、映画の上映スケジュールを確認する。最初の上映が9時からだから・・・8時30分に起こしに行って一緒に向かえば良いかな。
「じゃあ、今日は早く寝ないとね。夜更かししちゃダメだよ?」
「うっ・・・言われなくても分かってるよー!」
来週が、明日が来ることを疑いもなく無邪気に信じていたわたしたち。これからもそんな平凡な日々が続くと思っていた。
でも、そんな『当たり前』は。突然、なんの前触れもなく___
街中に響き渡った耳障りな警報音によって終わりを告げられた。
***
思い返せば、前兆はあったのかもしれない。
始まりは・・・どこだったかな。異国同士の小競り合い、軍事衝突、紛争、戦争。
地図の上では近くとも、どこか遠い・・・別世界の話のようで、まさかこの国にも火の手が上がるとは思ってもみなかった。
軍部の地下基地兼避難場所になっている壕の片隅でライト片手に新聞を読み耽っていると、不意に伸びてきた手にバッと新聞を取り上げられた。
「まーたこんな暗いとこでこんなの読んでー。たまには外出たら?」
「咲良!?」
巫女装束に身を包んだ黒髪の少女はそう言って新聞紙クルクルと丸めて筒状にすると、そのままわたしの額を軽く小突いた。
「・・・いつきたの?」
「ついさっき。日本海側の結界は安定したから、今度はこっち側手伝えって」
「そっか。・・・・・・ねぇ、咲良。」
「んー?」
「怖く、ないの?」
「怖い?・・・敵軍とかが?」
「それもあるけど・・・・・・その、『力』が。」
戦争が始まってからぽつぽつと現れ始めた夢を介して神託を受けた少年少女たち。彼らは神名こそ明かさなかったものの、その神々に由来する『権能』は戦闘機や銃火器を凌ぐ程の力を保持していた。やがて『神依』と呼ばれるようになった彼らは特例として軍属になり、侵略せんと迫り来る敵軍に応戦しながら日本全土を覆う巨大な防護結界の構築任務を遂行することとなった。
目の前の少女___三倉咲良もそのうちの一人だ。
神依となった彼女は今までの面影が薄れ、冬の木立を思わせる焦げ茶色の髪はすっかり艶やかな漆黒に染まりきっていた。
このまま、咲良自身もいなくなってしまうんじゃないかとわたしは密かに怯えていた。
「うーん・・・・・・別に怖くはないかなぁ。神様も優しいし・・・。」
「そ、っか。」
「それに」
わたしが言葉に詰まっていると、咲良はズイっと顔を近付けてにこっと笑った。
「この力のお陰で、穂稀たちを守れるんだもん!むしろ嬉しいよ!」
咲良はそう言ってわたしに抱きついた。
「咲良ってば・・・。・・・わたしも、神依だったら良かったのに。」
「んー?なになに?もしかして守ってくれるの?」
「違っ、ただ咲良を1人にしたらそのうち何かやらかしそうだから・・・!」
「えー!?ひどい!・・・そんなこと言う子は〜・・・こうだ!」
「ふぁ!?ちょっ、やめっ・・・ふふ、くすぐったい!」
「ほ〜れほれ、反省したか〜?」
「あっはは、したした!したから!ふふ、ふ」
イタズラっ子のようにニヤニヤと笑いながら脇腹をくすぐってくる咲良の頭を軽くパシパシと叩くと、咲良は満足気に微笑んだ。
冷たく苦しい、息の詰まる戦時中。
それでも、たしかに楽しい思い出はあって。
友達はいて、家族だっていて。
だから。
「結界さえ張れれば、またあの日常に戻れるんだ」、なんて。
愚かにも思い込んでしまっていたんだ。
***
___あれから、数年後。
日本、島根県。
長引く戦争に痺れを切らした世論と政府により、神依たちは階級分けされた。
まず、霊力量。次に、権能。そのまた次、次と各種細分化された項目毎に点数を付けられ『甲乙丙丁』と通知表のような評価を振り分けられ戦場か結界の構築かに派遣される。
それには、つい先日神託を受けたばかりのわたしだって例外ではない。両親の必死の抗議も虚しく、丙級の神依として日本海側の防衛任務に派遣されてしまった。咲良ともここ数年は会えていないし、お互い神依としてあっちこっちに行かされる故に安否すら分からない。
「う・・・」
痛みで竦む脚を殴って無理やり動かして前へと進む。他のみんなは無事だろうか。何が起きたのだろうか。
低い駆動音が聞こえたと思ったら、吹っ飛ばされていた。戦闘機?でもそれなら観測士や他の神依が気付くはず・・・。なら、一体なんだろうか。
打ち付けた脇腹を押さえながら足をずりずりと引き摺って先程までいた地点に辿り着くと、そこには奇妙な物体が突き刺さっていた。
コロンとした流線型の・・・大人の背丈ほどもある巨大などんぐりのような何か。・・・・・・爆弾だろうか?
それなら処理しないと、と思って爆弾の表面に触れた。すると急激な脱力感と悪寒に襲われてわたしは地面に倒れこんだ。
「・・・っは・・・?」
・・・霊力を吸われた?まさかそんなわけ・・・。
地面に伏したまま目線だけを上げてその物体を睨みつけていると、バラバラと回転羽根の音がして数人の兵士が近付いて来るのが見えた。
救援___?
そう思いほっとしたのもつかの間。彼らは乱暴にわたしの腕を掴むとズルズルと引き摺るようにして螺旋翼機へ押し込もうとした。
何が起こっているのか分からず兵士を見上げると、その装備が味方のものでないことに気付いた。
敵だ。
まさか、敵軍が神依を鹵獲して人体実験をしているって噂は本当だったの・・・?
四肢に力が入らず、抵抗もできない。悪寒が走り頭が鈍くなっていく。
このままじゃわたしは___
そう思い絶望しかけたとき、突然腕にかかっていた力が無くなった。それと同時にビチャリと粘質な液体が辺りに散らばった音がした。
「っ穂稀!」
「咲良・・・?」
懐かしい声に手を伸ばして応えると、固い手がわたしの冷たい手を包み込んだ。
「〜〜、〜」
「もう大丈夫だよ、穂稀。・・・っ逃げるよ!」
「〜!?・・・」
咲良が微笑むとこちらに迫ってくる兵士の声が途切れて、またビチャっと嫌な音がした。
・・・殺したの。
友達が、咲良がこんなにあっさりとその手を選べるようになってしまったことが悲しくてポロポロと涙が零れ落ちた。咲良は寂しげにその涙を指先で拭うと、そのままわたしを抱えあげて走り出した。




