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いと愛しき君たちへ  作者: おおよそもやし
一章:Lotus
41/79

どうかお元気で

___数日後。


松也から『居場所が分かった』と連絡を受けて俺は魔導鉄道に飛び乗って駿河府中に向かっていた。


ちょうど非番で良かった。明日も午後からの遅番だし、今日一日捜索に使っても問題ないだろう。・・・まあ仮に当番だったとしても、ほとんど客いないから問題はなさそうな気がしないでもないが。


タタンタタンと微かに揺れる車窓から遠くなっていく海を眺めていると、駅への到着の車内アナウンスがかかった。

俺は抱え込んでいたリュックサックを背負い直すと、出入口の前に向かった。


***


「あ!平里さーん!こっちです!」


駅の改札を出ると、反対側の壁の辺りでで松也がぶんぶんと手を振っているのが見えた。人波が途絶えたことを確認して小走りでそちらに向かう。


「古賀。待たせて悪かったな。」

「大丈夫ですよぉー。・・・今日の晩飯奢ってくれればそれで。」

「お前なぁ。」


にひー、と笑いながらそう言う松也に若干呆れていると、どこからか居心地の悪い視線を感じた。実家を思い出してキャップを目深にかぶり直した。それを見て松也は不思議そうな顔をした。


「なんでそんなに帽子深く被ってるんすか?前、見にくくありません?」

「いや、その・・・目立つだろ?この色。」


髪と目を指して説明すると、松也はきゅっと変な表情をした。


「目立つのはそれだけじゃないと思うっすけど・・・?それにホラ、あそこにいる子だって目立つ髪色ですけど気にしてませんよ?」

「失礼だろ。勝手に比べるなよ。」


そう返しながらも松也の示した方へ目線を向けると、少し離れた所に金色の髪をした女性が立っているのが見えた。


海に似た、次縹色(つぎはなだいろ)に白く撫子の柄が入った()の薄手の着物に浪花鼠色(なにわねずいろ)の夏袴姿の女性は、板状の携帯電話を耳に当てて話し込んでいた。腰ほどまでかかる真っ直ぐな金髪は、彼女が口を動かす度に微かに揺れている。

どこか見覚えのある面影に少し考えこんだ。


「平里さん?どうかしたんですか?」

「いやちょっと見覚えが・・・・・・げ。」


彼女のことを思い出すと同時に距離を取るべく、俺は松也の腕を引っ張って足早に歩き出した。


「え?ちょっと平里さん!?」

「訳は後で話す!だからちょっと黙って___!?」


ふと手首を掴まれて思わずそちらを見ると、いつの間に近くまで来ていたのか先程の女性が俺の手を掴んでいた。


「はは・・・」


松也の腕を離して苦笑いを浮かべると、彼女はむっとした表情で握る手にギリギリと力を込めてきた。・・・地味に痛い。


「あのー、平里さん。お知り合いですか?」

「知り合い、なんてものじゃありませんわ。」


松也の質問に彼女はそう返した。そして手首を掴む手を離すと、ビシッと自身の胸に手を当てた。


「わたくしは平里様の婚約者ですわ!」

「え!?」

「元だよ。もうとっくに婚約は解消されてる。」


目が飛び出そうな勢いで驚く松也にそう説明すると、彼女___来海(くるみ)さんはまたむすっとした。


「わたくしは認めてませんわ。」

「家同士の婚約だったでしょう。来海さんが同意してもしなくても、婚姻を結ぶ意味が無くなれば婚約は白紙になるんですよ。」

「知りませんわ、そんなこと。」

「知っておいてください。」

「嫌ですわ。・・・それに、解消された理由を誰も教えてくれないんですもの。納得なんてできるわけないですわ。」


つり目がちな黒鳶色(くろとびいろ)の瞳に疑念を浮かべて来海さんはじーっとこちらを見つめてきた。


「あー・・・・・・それもそうですね・・・。」


たしかに当事者なのに理由を知らない、というのは納得がいかないだろう。だが内容が内容である以上、彼女のご両親も伝えられなかったのだろう。

俺はしばし悩んで松也の方へ顔を向けた。


「古賀、悪いけど少し席外してもらっても良いか?込み入った話になるから・・・」

「あ、りょーかいっす。じゃあその辺で時間潰してるんで終わったら連絡ください。」

「分かった。悪いな。」


快く俺の頼みを承諾すると、松也は駅ビルの方へ歩いていった。


「さて・・・来海さん。」

「はい。」

「ちょっと着いてきてもらえませんか?」


***


「うわぁ・・・綺麗・・・」


駅ビルの最上階。展望台として開放されているにもかかわらず誰も見当たらない。一人も利用客がいないのは不思議だが、今は都合がいい。


「来海さん、もしかして結界都市の外に出たことなかったんですか?」


背丈程もある大きなガラス窓に額がくっつきそうな程近付いてはしゃいでいる来海さんに声を掛けると、金髪を大きく揺らしながらくるっとこちらに顔を向けた。


「・・・・・・悪いですか?」

「いえ。むしろ無鉄砲に結界外に出ない優良市民だと思ってますよ。」

「それもどうなんですの?」


来海さんはじとっとした目で頬を膨らせた。


「仮にも婚約者でしたのよ?わたくし達。」

「今は違うでしょう。」

「わたくしは認めてませんわ。」

「まだそんなこと言って・・・」


拗ねたように床を睨みつける彼女に困って何かないかと周囲を見回すと、少し先に三人掛け程の大きさのソファがあるのが見えた。一見古そうに見えるがきちんと清掃はされているようで、窓からの光を受けて座面の茜色が色鮮やかに浮かび上がっていた。


「・・・来海さん。」

「なんですの。」

「少し、話しましょうか。」


そう言って手を差し出すと、来海さんは困ったような顔でおずおずと上に手を重ねた。


***


来海さんを奥側に座らせると、俺は間に一人分を空けて手前側の端に座った。


「・・・それで、お話とは?」

「理由を・・・婚約が解消された理由について、知りたがっているみたいなので。」


俺が腰を下ろしたのを見計らって来海さんは口を開いた。それに返しながらどうオブラートに包んで言うべきか俺が悩んでいると、来海さんは首を傾げた。


「どうかしたんですの?顔色悪いですわよ?」

「いや・・・なんでも・・・」


そのまま言ったら完全にアウトだよなぁ。セクハラとかは・・・心配ないだろうが。そもそも婚約の動機から言わなきゃダメか?いや、そこ言ったら更に傷付けるんじゃないか?

ぐるぐるとそんな風にどう言うべきかを悩んでいると、意を決した様子で来海さんが微笑んだ。


「・・・気遣って頂かなくても大丈夫ですわ。わたくし、これでも強いんですのよ?」

「・・・っ」


ふふん、と気高く笑う彼女が何故か眩しくて___そして痛々しく見えた。

これからのことからの罪悪感からだろうか。それとも___。

いや、余計な推察はよそう。今はきちんと終わらせなければ。


「まず、この婚約が両家の縁を保つためのものだということはご存知ですよね。」

「ええ。」

「それで・・・その。婚約を結ぶにあたっていくつか条件がありまして・・・それが不可能になったので婚約が白紙になったんです。」

「条件?不可能になったって・・・具体的にはどんなものだったんですの?」

「それは・・・」


それは___。

言わなければ、と思うのに言葉が喉につかえて出てこない。まるで蓋をされているかのように喉の奥で詰まってしまう。

言わなければ。言わなければ。言わなければ。言え。言えよ。


「・・・・・・子供が、できないんです。」

「え?」


絞り出すようにそう言うと、来海さんは目を丸くして固まった。そして機械のようにぎこちなく胸の前で拳を握ると、頬を引き攣らせた。


「わ、わたくしに問題があるんですの?」

「違います。問題があるのは俺の方です。・・・来海さんは、何も悪くありません。」

「だ、だとしてもお医者様にかかれば___それがダメでも、ほら!医療用の魔導具で___」

「・・・それでも、無理なんですよ。医者にしろ、魔導具にしろ。元が無ければどうにも・・・」


左手も、左の脇腹から右脚の付け根にかけての内臓も。あの時全て失ってしまった。

だから、どう足掻いても『両家の血を継ぐ子供を一人以上もうけること』という条件が満たせない。


重い沈黙が二人の間に横たわる。それを破るように声を上げたのは来海さんの方だった。


「平里様。そうだとしてもわたくしはあなたと___」

「それにね、来海さん。俺、長くないんですよ。」


その先は言ってはいけない。その言葉はきっといつか枷になってしまう。だから。

その先を言わせないために、来海さんの言葉を遮って俺は微笑んだ。

俺は今、上手く笑えているだろうか。


「え?・・・それは、どういう・・・」

「言葉通りの意味ですよ。もって半年___いや違うか。こっち来る前に半年だったならあと二、三ヶ月くらいですね。」

「は・・・・・・」


言葉を失ってみるみる青ざめていく来海さんの黒鳶色の瞳を見つめて、俺は震える唇を動かした。


「まあ、でも。来海さんならもっと良い縁談が来るでしょうし、心配いりませんよ。あなたならどんな相手でも___」

「・・・ッそんなこと聞くために来たんじゃありませんわ!!!」


ガタンっと勢いよく立ち上がると、来海さんは夜の水面のように揺らぐ目で俺を睨みつけた。


「平里様の・・・・・・ッバカ!もう知りませんわ!」


引き裂かれるような声でそう言うと、来海さんは走り去って行った。

足音が遠のき静まり返った展望台で、俺は立ち上がって背後も柱の横___自動販売機の裏を覗き込んだ。


「悪趣味だな。盗み聞きなんて。」

「なんだ、気付いてたんすね。・・・良いんすか?追いかけなくて。」

「良いんだよ。・・・その方が、後々気が楽だろ。きっと。」

「んー・・・ホントにそうなんすかね?だいぶ傷付いてそうでしたよ。」

「・・・・・・そうか。」


俺は一言だけ返して窓の外に目を向けた。

森に呑まれるようにして点在する遺跡群。それに埋もれるように微かに見える湖。そして何よりも目立つ台形を二つ三つくっ付けたような歪な大山は、大昔には綺麗な形をしていたらしい。だが、度重なる噴火によってその頃の面影はすっかりなくなってしまっていた。

きっと、俺たちの関係ももう駄目になってしまったのだろう。来海さんのためにもここで終わらせるべきだったとはいえ、あまりにも突き放しすぎてしまったのだから。


「・・・・・・松也。」

「はい?」

「先を急ごう。案内してくれ。」

「あーもー、分かりましたよ。っていうか余命のことなんで言ってくれなかったんすかー。」

「お前が勝手に酔い潰れたせいだろ。」

「えー・・・だとしても言ってくださいよー。仲間なんすからー。」


ぶーぶーと文句を言いながらも松也はエレベーターホールの方へ歩き出した。

仲間・・・仲間か。


俺は少しだけ申し訳なさを感じながら、松也の背中を追いかけた。


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