逃げられない!
「待たせたな。」
「あ、平里さん。」
「中で待ってても良かったんだぞ?暑かっただろ。」
店の外に立っていた背中に声を掛けると、松也はにししっと笑って俺の肩に腕を載せてきた。
「分かってるでしょ。あの人と二人になったら耐えられませんよ。」
ちらりと店内に目を向けると、松也は苦笑した。
「苦手か?ああいうタイプは。」
「苦手・・・っていうか・・・落ち着かなくなるんすよね。神原たち相手にしてるみたいで。」
『神原』。
その名前に俺はピタリと動きを止めた。
少し傾き始めた日が、ゆっくりと影を伸ばしていく。
「平里さん?」
「あ、ああ。なんだ?」
名前を呼ばれてハッとした。ぎこちない顔で向き直ると、松也は驚いた表情をしてこちらを見ていた。
「平里さん、まさか・・・いや、なんでもないっす。」
「なんだよ。」
「いえ、なんでもないです。・・・ところで、今日お邪魔しても良いっすか?」
「どこに?」
「平里さんの家。」
「なんのために?」
「さっき言ったでしょ。『話の続きは後で』って。」
たしかに言ってた、が。
「今散らかってるから・・・その辺の店とかじゃダメなのか?」
「だいじょーぶっすよー。気にしませーん!・・・それに外で話すと絶対大事なこと伏せますよね?」
にっこにこな作り笑顔を浮かべて目の奥でこちらを睨め付けると、松也は逃げようとした俺の両肩を思いっきり掴んだ。
「ねー?平里さん。」
逃げられない・・・!蛇かよコイツは・・・!!!
「う、ぐぅ・・・!分かったよ!!!文句言うなよ!!!」
「やったー!あざーっす!」
勝った!と言わんばかりの松也の笑顔に胃が痛くなりながらも、俺は家の方へと歩き出した。
***
歩くこと約十五分。
目の前に現れた無骨な鉄筋コンクリートのアパートに何故か松也は目を輝かせていた。
「そんな面白いか?」
「だってこんなシンプルっていうか、飾り気がないっていうか・・・箱みたいな建物初めて見ました!」
「ふーん」
下位だったとはいえ六大家門である神原家の親戚、やっぱりこういう類の賃貸住宅とは縁がないのか。金持ちめ。
「あ!そういえば平里さんって何階に住んでるんですか?」
「一階。」
「へー、一階・・・一階!?セキュリティとか大丈夫なんですか!?空き巣とか・・・」
「今のところ大丈夫だな。たまに洗濯物がどっか行くくらいで。」
カラスが洗濯物ごとハンガー奪ってくんだよな、この辺。網とかで対策しても賢いから普通に突破してくるし。
「あっ・・・そうなんですね。」
「?」
なぜか急に静かになった松也に不安を覚えつつも、一階の奥から二番目のドアに鍵を差し込んだ。
「言っとくけど、汚いからな。何も期待すんなよ。」
「はーい。」
そう前置きして、俺は立て付けの悪いドアを思いっきり引っ張った。




