淵瀬に変わるとも①
六月。
密かに楽しみにしていた、霊域探索の実習日。
なのに。
「なんでアンタと一緒なの?」
「そんなこと言われても」
初の実習だからとうきうきしていたのもつかの間。実習の班が神原と一緒になったことでやる気はだだ下がった。しかも、余りで組んだから二人だけだし。
この前の席替えでやっと離れられたのに・・・。なんでまたコイツと一緒にいなきゃなんないの。
私はイライラして足元の土をガツガツと爪先で掘り起こしていると、申し訳なさそうに神原は口を開いた。
「ごめんね。でもね、久山さんと組めるのが僕しかいなかったんだから、しょうがないよ。」
「それはそうだけど・・・」
確かにスコアだけ見ればそうだし、なんなら神原と組めるのも私しかいない。悲しいことに。
戦闘訓練で私とコイツでぶっちぎり首位争いをしてる状態がずーっと続いていたから、他の人じゃ話にならないんだろう。
どうして、こんなに嫌いなやつと。
「・・・かと言って手を抜くのも・・・」
「久山さん?そろそろ実習始まるから急ごう?」
「わかってる!」
私は吐き捨てるように返事をすると、集合場所へと足早に向かった。なぜだか少し胸の奥がぎゅっと苦しくなった気がした。
集合場所である雑木林の入口に着くと、もうほとんどの学生が集まっていた。雑木林って聞いてたけど、ほとんど森みたいなものなんじゃないか。ぐるりと辺りを見回すと、皆の表情は心なしか暗いように見えた。不思議に思って首を傾げていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「お前らが陰陽科の神原と久山か?」
くるりと身体ごと振り向くと、そこには日光を集めたような、キラキラと輝く白金色の髪を束ねた色白の美人が立っていた。声の感じからして多分、男子なのだろうか。
「あの、私たちに何か・・・?」
「?事前に説明されただろ?上級生が一人ずつ監督役に付くって。」
「ああ・・・」
そういえば、と思い出して頷くと、彼はスっと手を差し出した。
「俺は魔導科二年の平里。お前らの今回の実習の監督役を務めさせてもらう。よろしくな。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
私の悪評が広まっているだろうに、こんなに丁寧に対応してくれるなんて、優しい人で良かったなぁ。そう思いながら握手をすると、平里さんは
「ところで、」
と静かに呟いた。
「お前もソイツに勝ちたいんだって?」
「はい!・・・え?お前『も』?」
そう訊かれて私が思わず問い返すと、平里さんはスカイブルーの瞳を細めて、ニィーっとちょっと悪そうな笑顔になった。
「俺もコイツのことあんま好きじゃねぇんだよ。」
「え!?なんで!?」
平里さんがそう言うと、さっきまでニコニコとこちらを見ていた神原はとてもショックを受けていた。
「なんで・・・僕は・・・平里さんのこと、前から結構好きなのに・・・?」
「お前に好きって言われても嬉しくねーよ。・・・強いて言うなら怒んねーとこが嫌い。」
「怒らないって・・・。そんなことは」
「あるだろ。」
二人の会話を聞いて「たしかに」と納得した。たまにちょっと困ったような顔はしてたけど、怒ったり拒否したりは絶対にしてなかったな。
「確かに見てるとちょっとイラッとする時が何度かあったような」
「久山さんまで?」
神原はこれまたショックを受けたように悲しげな目で私を見た。最初から敵意向けてたのになんでショック受けてるんだろうコイツ。
「うーん・・・でも、そう言われても怒る程のこともなかったし・・・」
「は?どー考えてもたくさんあったろ?」
「そうかなぁ・・・例えばいつ?」
「花壇の手入れを押し付けられたうえにお前と桐生だけだった時とか。」
「そんなこともあったっけ。でも皆、用事があるって言ってたし、しょうがないんじゃないかなって」
「お前・・・本気で言ってんの?」
呆れ顔で肩を竦める平里さんを横目に眺めながら、私は「マジで言ってる感じ?」と思った。それ絶対に押し付けられてるだけじゃん。なんで気づかないんだろう。それとも気づかないフリをしてるんだろうか。
なんで私たちが呆れてるのかちっとも分からない様子でアイツはオロオロと狼狽えていた。私も何か言ってやろうと口を開いたその時、
「ダンジョンなんて行きたくない!」
と、誰かが突然叫んだ。そういえば、霊域のことをみんなRPGよろしく『ダンジョン』って呼んでたっけ。
でも・・・なんで行きたくないんだろう?
一次覚醒を済ませたなら権能、もとい『スキル』が使えるようになるし、丁等級の、しかも監督役のいる状態の霊域なんてそう手強いものでもないのに。
「あー・・・またか。」
平里さんがそう辟易した顔で呟いた。
『また』ってどういうことだろう?
そう思ってその子を眺めていると、他の子達も共鳴したかのように口々に同じ言葉を零した。「怖い」、とか「行きたくない」、とかそんな風な言葉を言っていた。何がそんなに怖いんだろう?なんでこんな万全の状態で怖がる必要があるの?
しばらくして、その子達は監督役の先輩達にどこかへ連れていかれた。「大丈夫だよー」とか慰められている声が聞こえたから、多分あの子達は今回の実習は見送ることになるんだろうか。
うーんと考え込んでいると神原が意外そうに「久山さんもこっち側の人間だったんだね」と平里さんに言っていた。平里さんはそれを聞いて「そうかもなー」とどうでもいいような返事をしていた。
「こっち側ってどういうことなの?」
私はつい気になって神原へ尋ねた。神原は少し驚いた表情をしてからにっこり笑ってこう答えた。
「簡単に言うとイカれてるってことだよ」
「ちょっと!」
あまりにもな言い方に私は神原をキッと睨みつけた。絶対違う。もしかしてわざと?
その様子を見ていた平里さんが呆れたように
「恐怖とか危険に対しての反応が鈍いってことだろ。説明すんならちゃんとやれ」
と神原を小突きながら補足してくれた。やっぱりこの人優しいな。
「うーん、でも残ったのは僕達だけみたいだし、ニュアンスが伝わりやすい方が良いかなあって。」
「だからって言い方ってものがあるでしょ!」
私はイラッときてそう怒鳴った。さすがに『イカれてる』は言い過ぎだもの。そんな風に怒りを露わにしていたが、平里さんが手をパンっと叩き合わせる音で我に返った。
「はい注目。今回残ったのは俺らだけみたいだけど、どうする?行くか?」
『俺らだけ』?その言葉にハッとして周りを見ると、あれだけいた生徒達はみんないなくなっていた。え?もしかして全員リタイアしたってこと?
「嘘でしょ?」
「びっくりだよねー。」
「まあ毎年こんなもんだけどな。」
平里さんはそう言って霊域の入口へ歩いていった。私たちが付いていくと、平里さんは入口のしめ縄に触れながら私たちに向き直った。
「この縄の先は丁等級とはいえ霊域だ。授業で習っただろうが、怪異側の領域だ。場合によっては命の危険だってある。それでも行くか?」
そう告げる平里さんの声は真剣そのもので、決して油断してはいけないと諭されているようだった。死ぬかもしれないし、何かを失うかもしれない。でも。だからってここで止まるわけにはいかない。
「久山さん?震えてるけど大丈夫?怖くなったなら戻ってても」
「はぁ?これは武者震いに決まってんでしょ」
そう言って私はニンマリとした笑みを貼り付けた。そんな些細なことで立ち止まるわけが無いのだと。私が一番怖いのは、アンタの代替品として終わることなんだから。
「話はまとまったみたいだな。じゃあ最終確認するぞ」
平里さんはそう言って上着のポケットからスライド式の端末を取り出した。平里さんがカタカタと何やら打ち込むと、端末はピピッと無機質な電子音を発した。
「じゃあ、まずは権能の確認。間違ってたらすぐに言ってくれ。」
「久山。権能:雷、攻撃適性」
「大丈夫です」
「神原。権能:雨、支援適正」
「問題ないよ」
「了解。じゃあ次に装備確認。メーター」
「付いてます」
「応急処置セット」
「あるよ」
「よし。・・・ああ、念の為これ持っとけ」
「これは?」
「簡易結界装置。お守り程度だけどな。ピンを抜けば発動するから、出しやすいところにしまっておいてくれ。」
平里さんは私たちに小指ほどの大きさの、銀製のペンダントを手渡すと、そう付け足した。薬莢の先に消化器のピンが付いたような見た目だが、刻まれた魔導回路が流麗な為か、さほど違和感がなかった。
「・・・平里さんはすごいですね。結界装置をこんなに小さくできるなんて」
「あまり強度は出ないけどな。せいぜい丙等級の攻撃を数回耐えられるか程度の代物だし」
「それでもすごいですよ」
私が感心して、素直に賞賛すると、平里さんは一瞬目を丸くした。そのままチラッと神原を見ると、何事も無かったかのように微笑んだ。
「それじゃ、行くか。お前ら、準備はいいな?」
「もちろん!」
「いつでもどうぞ。」
神原と私の返答を聞いた平里さんはしめ縄をくぐった。私たちもそれに続いて霊域内へと足を踏み入れた。
あの後、あんなことになるなんて。この時はまだ思いもしなかった。
この世界における定義解説コーナーです
③魔力の使用方法について
魔力もまた大まかに魔法陣に魔力を込めて使用するパターンと呪文や言葉に魔力を乗せて事象を引き起こすパターンがあります。前者の方法は以前は地面に描いた陣に魔力を込めるのが主流でしたが、最近は魔導具本体に刻まれた魔導回路に魔力を込めて使用する方法が主流となっています。
④怪異について
正体不明の化け物や都市伝説などの噂が形を持ったもの等を総称して『怪異』と呼びます。基本的に怪異は魔力や霊力でしか討伐できませんが、例外的に特殊な武具を使用すれば無能者でも討伐が可能になります。