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いと愛しき君たちへ  作者: おおよそもやし
序章:彼岸
29/79

三月十九日①


「なんていうか、全然出てこないね。」


怪異のほとんど現れない坂道を一列になって下りながら、久山はそう言って泥の跳ねた手を上着の裾に擦り付けた。


「油断すんなよ。」

「してないよ。多分。」

「オイ。」


諌めるように俺はそう言って、辺りを見回した。ただの岩壁に、なんの罠も仕掛けもない坂道。不審なものといえば、坂道に等間隔で積み上げられている小石だけだ。


崩したら何かあるだろうか。


ふと魔が差して、俺は崖の方にある石積みに惹き寄せられるように手を伸ばした。


・・・いや、やっぱりやめておこう。大事になったら大変だし。


俺はそう考えて、すっと手を戻した。


「平里?何か気になるものでもあったの?」


そう呼び掛けられて振り向くと、映像端末を眺めている神原の後ろからひょっこりと顔を覗かせた小鳥遊の菫色の瞳と目が合った。

「え?あ、ああ・・・あの小石がずっと道に沿ってあるのが気になって。」


答えようとすぐに口を開けたものの、何故か一瞬だけ言葉に詰まった。


もしかして俺も気が緩んでたか?


そう考えた俺が気を引き締め直していると、小鳥遊は小さくふむ、と色白な指先を頬に当てながら呟いて石積みの方へ視線を向けた。


「たしかに・・・。なら、解析してみるね。」


足を止めるよう久山に呼びかけると、小鳥遊はそう言って小石をひとつ摘んで肩から吊り下げていたサッカーボール程の大きさの黄色い球体にコツンと軽く当てた。するとキュインっと小さく内部から駆動音がして、しばらくジージーと鳴いていたが、やがて静かになった。


「・・・ただの石みたい。」

「そうみたいだな。」


そう言って俺たちは沈黙した球体を見つめた。なにかしらあれば結果が浮き上がるはずなのだがそれがない。本来ならば、安心すべき結果なのだろうが___


「逆に不気味だな。こんな場所にあるのに。」

「うん。・・・確かに石積みの形はバラバラだし、ただ積み上げただけみたいに見えるけど・・・。」


うーんと二人で首を捻っていると、間にいた神原が不満気な声を上げた。


「ねえ、僕を挟んで会話するなら僕にも話振ってくれない?」


僕にも聞くべきなんじゃない、とヒソヒソと俺に向かって付け足すと神原は雪のように白い髪をくるくると指に絡ませ始めた。


「すまん、忘れてた。」

「なにを?」

「存在?」

「それはひどくない?」


頬を膨らませて抗議する神原の様子が久山とそっくりで、俺は思わずほっこりとした気分になった。


血縁があるだけで実の兄妹じゃないのにここまで仕草が似るほど仲良くなってたのか。あの頃からは想像できないな。


霊域内だというのに微笑ましくなった俺が神原を眺めていると、神原は何か慌てた様子で目線を思いっきり逸らした。

どうかしたのかと思って口を開いた時、ふと隊列後方から声がかかった。


「取り込み中すみません。今は地図のどの辺りまで来たのでしょうか?」

「あ、ちょっと待ってね。確認する。」


ガシャンと自分の背丈程もある大盾を抱え直しながら大岩が訊ねると、神原は映像端末を操作し始めた。そしてホログラムが映し出されると、神原は地図の終わりの辺りを指先で示した。


「この辺り。もうすぐ中層エリアに入るとこだね。」

「そうですか。確か、桐生さんの話だと強い怪異がいると・・・。」

「そうだね。・・・、・・・。」


大岩の言葉に、神原は何かを言いたげに視線を迷わせて辛そうな顔で口を噤んだ。


「・・・ま、確実に倒していけば大丈夫だろ。今までの霊域だって事前にマッピングがまともに出来なかったことはあったんだ。」


神原の様子に嫌な予感がしながらも、俺はそう言った。


「だろ?神原。」

「・・・うん。そう、だね。うん、そうだ。」


ポンポンと神原の肩を軽く叩きながら声を掛けると、少し和らいだ表情で神原はそう呟いた。


「ねぇー、そろそろ行く?」


いつの間にか座り込んでいた久山が先方を指さして問いかけると、各々頷いた。


「じゃ、行こう。装備とか大丈夫だよね?特に大岩。」

「はい。盾役としてしっかり後ろは守ります。」

「よろしい!それじゃ、いっくよー。」

「おい待て。罠とかあるかもしれないんだから、もう少し慎重にだな・・・。」


スタスタと罠の警戒もせずに先頭を進む久山に俺がそう忠告をしても、はいはいと聞き流すばかりだった。

やがて目の前に蜃気楼のように揺らぐ鳥居が現れると、こればかりは久山もピタリと足を止めた。


「ねぇ兄さん。こっから先が中層?」

「地図によればそうなるね。」

「そっか。」


神原の返答を聞いた久山は、そのまま右足を鳥居の先に突っ込んだ。


「少しは躊躇してくれないか?」

「なんで?罠とか無かったし良いでしょ?」

「・・・怪我するかもしれないだろ。」


絞り出すように取ってつけた理由を言うと、久山はふーんと無関心極まりない生返事をした。


「死にさえしなければ兄さんがなんとかしてくれるだろうし、そこそこ頑丈な私が先行すれば良くない?」

「駄目だ。」

「怪我して欲しくないから?」

「まぁ・・・そうだな。」


神原の霊力だって無限にあるわけじゃないしな。


口には出さずにそう付け足すと、久山はなんだか嬉しそうに笑った。


「そっか。そっかー。それならもうちょっと慎重に行かなきゃだね!」

「是非そうしてくれ。」


呆れた様子で俺がそう返すと、久山は頬を軽く両手で叩いて前方へ向き直った。


「それじゃ、行くね。・・・えいっ。」


そんな声を出しながら鳥居の先へ飛び込むと、久山はキョロキョロと周りを見た。


「・・・なんか、すっごい静か。この辺怪異の気配ないよ。」

「そうか。」


返事をしながら俺も飛び込んで辺りを探った。しんと静まり返っていて・・・何もいない?


「・・・潜伏してるとかはないのかな。」


不安げに神原はそう言いながらこちら側へ飛び込むと、同じように周囲を警戒しだした。


「そこまで知能の高い怪異だったら、数は多くないのかも?」


ぴょんっと鳥居をくぐると、小鳥遊はそう言った。


「でも、甲級ですよ?知能の高い怪異が司令塔してたりとか・・・。」


恐る恐る鳥居をくぐり抜けると、茜塚は小鳥遊にそう話しかけた。


「だが、どのみち我々にはそれを知る術はないだろう。」


茜塚にそう声を掛けて、大岩は鳥居をくぐった。


「とりあえず・・・全員周囲の警戒を怠るな。何かあったらすぐ声に出せ。いいな?」


俺がそう呼びかけると、真剣な表情で全員頷いた。


「よーし。頑張るぞー。」


気合いを入れる為なのか、久山はそう小声で言うと、坂道を進み始めた。

俺もそれに続こうと足を一歩踏み出したその時___

後ろの方から、ぐちゃりと嫌な音が聞こえた。

ワンクッションです

次回残虐描写予定なので苦手な方はご注意ください

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