久にあらずと
「神原、もうすぐで階段が見えてくるはずだ。」
だから頑張れ、とでも言いたげに平里さんは僕を見た。
「わかった。ところで平里。」
「サヤは寝てるの?」
「・・・え?」
僕の言葉に平里は一瞬動きを止めた。
そしてその呼び名の意味を正しく理解すると、息を呑んで目を丸くした。
「お前、まさか・・・神原、なのか?」
「それだとどっちか分からないでしょ?・・・まあ、通じたから良いけどさぁ。」
僕は平里の隣に並ぶと、眠っている片割れの顔を覗き込んだ。
まだ顔に巻かれたままの封印具が痛々しいけれど、すやすやと穏やかな寝息を立てているのを確認して、僕はほっとした。やっとこの家から離れられるのだから幸せになって欲しい。
「なぁ、その・・・いつからだ?」
愛しいなと思いながら片割れの寝顔を眺めていると、平里が掠れた声で問いかけてきた。
「そんな怯えなくても良いのに。別に前回だって口喧嘩こそすれど、手を出したことはお互い一度もなかったでしょ。」
ね?と笑いかけると平里は「確かにな。」と言いながら後ずさった。
「なんで逃げるのさ。」
「逃げてない。さっさと質問に答えてくれ。」
「場合によっては逃げるつもりでしょ。・・・別に騙してた訳じゃないよ。さっき壁ブチ破った時に・・・。」
「あぁ・・・なるほど。だからあの時無事だったのか。」
僕の回答に安堵の笑みを浮かべると、平里はゆっくりとまた歩き出した。
「・・・まさかお前も覚えてるとは思わなかった。」
「そうなの?」
「だってお前、俺のこと嫌いだったろ。」
「・・・君がそう思うんなら、そうなんじゃない?」
「なんで急に不機嫌になってんだよ。」
嫌いだったらそもそも話なんてしないのに。
・・・まあ、いくらちゃんと本音ぶつけてくれるのが嬉しかったからって、あんな絡み方してたら勘違いされても仕方ないか。
僕がどう返そうかともだもだしていると、平里が「そういえば」と思い出したように呟いた。
「風早さんも覚えてるぞ、前回のこと。」
「・・・え?」
そんなはずは・・・。対象から除外したのは平里だけなのに。
いくら霊力が桁違いに高いからといって、そんなことが有り得るのだろうか?
・・・面倒だな。
僕はわざとらしくため息を吐くと、平里を見上げた。
「ねぇ平里。風早さんには僕のこと内緒にして。」
「え?なんで。」
「だって、平里だけじゃなくて僕も覚えてる、なんて知ったら面倒くさそうじゃない?」
嘘は言っていない。主に認識の齟齬とかが、だけど。
「ふーん。ま、確かにあの頃みたいに猫可愛がりされんのもキツいもんな。」
平里は勝手に納得すると、ニカッと明るく笑った。
やっぱりアレ、傍から見ても猫可愛がりだったんだ。・・・平里もやられてたけれど。
「わかった。言わないでおいてやるよ。」
「ありがと。助かるよ。」
僕はほっとして、一歩前に出ると、
「それじゃ、話も済んだし早く帰ろう。」
と笑いかけた。
平里はやれやれといった風に微笑むと、ちょっとずり落ちてきたサヤを抱え直して僕に続いた。
サヤの暴走は今回は起こらなかった。これも平里と風早さんのお陰だ。
風早さんのことはちょっと想定外だったけど、二人がいるならきっと今度こそ幸せに____みんなで笑っていられるはずだ。
きっと、これからは・・・。




