朝川渡り③
「平里、さん」
神原が掠れた声で彼の名を呼んだ。すると平里さんは呆れたような顔でため息を吐いた。
「さっきの唸り声はお前らか。」
平里さんは苦々しい口調で言うと、壁に手をついてズルズルと座り込んだ。
「野生動物でもいるのかと思ったぞ。」
彼は乾いた声でそう言うと、カチャン、と握っていた短剣を傍らに落とした。
「・・・平里さん!?大丈夫ですか!?」
はっと我に返って、私は平里さんに駆け寄った。よく見れば、心なしか顔色も悪い。
もしかして、神原の言う『嫌な感じ』が平里さんに影響したんじゃ___。
オロオロと狼狽える私をよそに、平里さんは突然笑いだした。
「あはは、何だよアレ。どっから声出てたんだよ。」
「え、えっと・・・?」
さっきまでの様子とは打って変わってゲラゲラとお腹を抱えて笑う平里さんに面食らっていると、神原が口を開いた 。
「平里さん・・・笑いすぎじゃない?いくらなんでも。」
「あー、悪い。安心したら、ふふ、あはは。なんか笑えてきて。」
爆笑する平里さんと呆れ顔の神原を交互に見て、私はため息をついた。
もう、大丈夫ってことなのかな・・・。
そう思って気持ちを落ち着けようと深く息を吸い込むと、途端に脚から力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
「あ、れ?」
急に視界が低くなったことに思考が追いつかなくてそのまま固まっていると、平里さんと神原がぎょっとしてこちらを見た。
「久山!?大丈夫か?」
「ああ、大丈夫です。平気・・・。」
「大丈夫じゃなさそうだね。」
うわ言のように大丈夫と繰り返す私を眺めると、神原は苦笑しながら平里さんに目配せをした。
「動けないんじゃ仕方ないか。・・・ちょっと我慢してくれ。」
「え、何を・・・きゃっ?」
平里さんの言葉、というか二人の会話が理解出来なくて問い返そうとした私を、平里さんはひょいっと抱き上げた。
これって俗に言う『お姫様抱っこ』っていうやつなんじゃ?
「両手で抱えて大丈夫なの?」
「大丈夫だろ、来る時も特に何も無かったし。」
「そっか。」
困惑している私をよそに、二人は納得すると脱出すべく廊下を駆け出した。
二人は目まぐるしい勢いでくるくると角を曲がっては走ってゆく。神原はまだしも、平里さんは私を抱えて走ってるのにすごいな、と思った。
私も、こんな風に____。
とん、とん、と。
規則正しい足音と、平里さんの心音になんだかほっとして、私はそのまま眠りに落ちてしまった。
次回からちょっと神原パートです




