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いと愛しき君たちへ  作者: おおよそもやし
前日譚:不揃いな式盤
13/79

朝川渡り①

再びの爆発音。柱の軋む音。

ただ先程と違うのは、それが私の目の前で起きたということだった。座敷牢の外の、板目の合わない壁を突き破り飛び込んできた何かが、格子の目の前をずるずると這いずった。


「り、龍・・・?」


雪よりも白く透き通った、清らかな魚の鱗。長くしなやかな躯体。そしていつの間に明けていたのか、キラキラと朝日を照り返して輝く白銀の鬣。そしてその隙間から、薄紅色の、珊瑚を思わせる角が一対。それは正しく、おとぎ話に出てくる白龍の形をしていた。


でも、なぜそんなものがこんな場所に?


狐につままれたような気分になって、訝しげにジーッと見つめると、同じく龍も私を見つめ返した。澄んだ金の瞳の中にどこか、よく知っているような懐かしさを覚えた。そんな訳ないのに、と不思議に思って首を傾げる。

すると、龍はするするとその身を蛇のように縮こませ、すっと瞳を閉じた。その瞬間、龍は眩い白い光になった。とても直視出来なくて、私は咄嗟に目を覆ってその場に蹲った。

少しして、トントン、と机を指先で叩いた時のような音が聞こえた。瞼の裏の白さも消えて光が収まったようだったので、恐る恐る手を退けて音のする方へ目を向けた。すると、そこには見慣れない白い髪の少年が立っていた。龍と同じ色彩は浮世離れして、とても同じ人の姿をしているとは思えなかった。

・・・でも、あの顔、どこかで___。


「・・・神原!?なんで」

「今まで気付かなくてごめんね、久山さん。もう大丈夫だから。」


少し大人びたような口調でそう言うと、神原は座敷牢の前に歩み寄った。そしてガチャガチャと格子に嵌っていた鍵を弄り回すと、やがてすっと取り外した。鍵なんて持ってたの?と疑問に思って神原を見ると、無惨にもぐちゃぐちゃにひん曲がった錠前がその手に握られていた。

・・・脳筋だったんだな、神原って。


「・・・・・・なんで来たの?」

「え?」


隅に座り込んだまま私が尋ねると、神原は目を丸くした。


「えっと・・・?」

「・・・」

「・・・もしかして、来ない方が良かった?」

「そういう訳じゃないけど」


ただちょっと気になっただけ、と付け足すと、神原は安堵したように笑った。


「良かったー・・・。余計なこと、しちゃったのかと思った」


神原はギィと音を立てて格子を開け放つと、そのままこちらへずんずんと向かってきた。


「久山さん、一緒に行こう?」

「どこに?」

「とりあえずは風早さんと平里さんのところかな。」

「え?いるの?」

「うん。だって、二人に連れてきてもらったから。」

「ちょっと待って・・・なんで?」


なんてことのない風に、神原にさらっと言われた事実に衝撃を受けて理由を尋ねると、神原は眉尻を下げて困ったような顔をした。


「さぁ?僕もわかんない。車に押し込まれただけだから・・・。」


押し込まれただけ・・・?


「それ、一歩間違えたら誘拐になるんじゃ?」

「僕もそう思う。」


顔見知りで良かったよね、と神原は笑うと、私の両手をぎゅっと掴んで引っ張りあげた。勢いに負けて思わず立ち上がると、神原は私の左手だけを離して、手を繋いだまま牢の出口へ歩いていった。私も引っ張られて、半ば強引に歩かされる。


「ちょっと待ってよ」

「待たないよ。こんな場所、早く出たいもの」


つんのめって転びそうになりながらもよたよたと付いて行きながら私がそう言うと、ぶっきらぼうに返された。


「じゃあ、アンタだけ先に行ってれば良いじゃない。歩くの早いのよ」

「絶対やだ」

「なんで怒ってんの」

「怒ってない」


どう見ても怒ってるでしょ、と言いたいのをグッと飲み込んで、仕方なく神原のあとをついて行くことにした。神原も結局は意地を張ってただけなのか、ゆっくりと私に歩調を合わせてくれた。


座敷牢を出て、くねくねと曲がり角のやたら多い、長い廊下を歩いて。


程なくして、堅牢そうな扉が目の前に現れた。

この座敷牢、もとい隔離場所(エリア)の唯一の出入口。ここを出れば、あとはやたら入り組んでいる廊下を抜けるだけだ。

ほっとして繋いでいない方の手で胸を撫で下ろす。そこでふと、先程まであったはずの黒い鱗がきれいさっぱり消えていることに気付いた。


夢だったのだろうか?


不思議に思って、自分の手をまじまじと眺めていると、先程まで扉を見ていた神原が口を開いた。


「ねぇ、久山さん」

「何?」

「ここを出たらちょっと話したいことがあるんだけど」

「今じゃだめなことなの?」

「ダメって訳じゃないけど・・・。ここは・・・なんていうかその・・・」


私が問い返すと、神原は俯き気味に「嫌な感じがして落ち着かないから」と付け足して苦笑いした。


そうだろうか?私には何も___もしかしたら慣れてしまっただけかもしれないけれど___嫌な感じはしない。・・・かといって落ち着くかと言われれば否だけど。

それならここを出て話した方がきっとお互い良いのだろう。


「わかった。じゃあ出たら話そう。」


私の返答に神原は弱々しく頷くと、扉の横のパネルに開閉用の暗証番号(解錠キー)をタタタッと迷いなく打ち込んだ。

重い音を立てて開いていく扉をぼんやりと眺めながら、私は繋いだ手を少し強く握り直した。


どうして神原が暗証番号を知っているのか、とか。どうしてこの場所に辿り着けたのか、とか。聞きたいことはたくさんあったけれど、何となく聞かない方が良い気がしたから。

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