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十四話、夜

◆◆◆


「……」


「ん……」



 夜風が頬を流れ、目を覚ます。

 目を覚ますと灰色の髪をしていた男性の顔が映る。


「……ぁ」



 畳の上で、膝枕させてもらっていた。



「…………」


 怖くなって、また擦り寄る。


「…………」



 綴を、見る。


 まだ、わからない。不安だらけの人。



「…………」



 心臓が、ぐちゃぐちゃに、なるほどの動悸が、治らない。

 頭が痛い。嫌だ、怖い、苦しい、やめて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて————親■。




「ぁ……っ……ぁ……゛」




 くる      しい。




 息が   いや、   だ    でき、゛     ぁ゛っ…



「…………」



 かちゃかちゃと、金具を外す音が小さく聞こえる。



 なんで、なんで、? 知らない、知らない、金具外す。



   はずして、    この胸の痛みを、吐きそうな地獄を。





 あの慟哭ストックホルムを      どうか、遠くへ。













 蛍の灯りが飛び交う中、夜はすぎていく。



「…………」



 _ズボンの____腰ベルトの金具が外される


「……ぁ……ぁ……」



 細かな息遣いが……夜の世界で、静かに齎される。



「っ……ぁ……ぁ……」



 息遣い————だがそれは、余人のそれとは持つ意味が異なっていた。




「はぁ……は。ぁ゛……ッ」




 苦しんでいる。怯えている。


 興奮している。壊れそうになっている。




 夜の世界で、息の詰まるような息が、綴られる。



「っ゛、ぁ゛……っ」



 ぽた……と、小さな、けれども何より病みの深い涙が零れ落ちる。



 そして、ジッパーに手を、かけて。



「まだ、その選択は早いですよ」



 そっと、やさしく、手を握られる。



「ぁ…。ぁ……」



 ぽろぽろと、泣き出しながら……綴にそっと抱き着いた。


 胸板に、甘えるように、切なさに身体が貫かれながら……必死に身体を擦り寄せた。




「ごめ、なざい……っ」




「何を、謝るのですか」


 穏やかな声色で、そう問われた。


「そういうこと、でぎ、なぐて……」



 涙ぐんでいる。ただ過去に綴に言われた〝自分を愛しなさい〟という言葉を、遂行できていない状況に綴はいつもの疲れたような瞳で微笑んだ。



「そういうこと、を、求めてるのは、知ってる。

 それが、報酬になる、ごども゛、知って゛る……」


「(ああ、この子は……やっぱり……)」






「かえし、たい……何かを、かえ、したい……。

 なの、に゛、返せなくて、ごめ、なざい………」



「(怖いんだ……何かを返さないことが、恐ろしくて仕方ないんだ……。

 なら、修正しなくては、いけませんね)」



 綴は決して馬鹿ではない。寧ろ頭が良い方だ。


 相手がアラカという超弩級の爆弾を前に殺されていない時点でその有能さは証明されている。


 ゆえに綴は、即座に反省を繰り返す。


「じゃあ————今からすること、抵抗しないでください」



「ほ、ぇ……?」



 綴は泣きじゃくるアラカに覆いかぶさり————その唇を奪った。


◆◆◆◆


「————」


 キスをされた。強引に……



「っ……」



 舌を強引に、入れられる。



「ん………っ……」



 後頭部に手を回される。


 髪を優しく、けれども力強く触れられる。



「……ぁ……ふ……っ…」



 綴さんの胸の上に、手を丸めて置く。


 もう逃げられないのだから。そして逃げたいとも、思えないのだから。



 ————手から、力を抜く。



「…………」



 ん……ちゅ……へろ……。



 幼く、切なく、泣きそうな水音が……二人の間に、響く。



 つらくて、吐きそうな時間を……誰かに注いでほしい。




 そんな願いが、そっと……そっと、満たされていく。



「…………」

「………♡」



 唇を離され、呆然と……頭がボーッとした状態で、綴を見る。



「悪意は救いになる……と、なるほど。ミュゼの言は確かなものだったようですね」



 息が荒くなって、何処か瑞々しい吐息を吐く。




 ——っぁ——ぁ————




 息とも取れない、か細い吐息。




「…………」





「……綴、さん」




「はい、なんでしょうか」



 にこり、とただいつもの疲れた瞳でそう微笑み。



「————大切な誰かを、目の前で奪われた経験、あるでしょ」

「————————」



 ————世界が止まる。



「…………けい、かく……

   は……分からない、です」


「はい」



 ぽつり、とつぶやく声で、綴は固まりながらも返答する。




「けど、行動、は……わかり、ます」


「…………」


「でも、まだ、分からない……」



 それはアラカの声。小さな、小さな声。



「あなたは、試練を与えて、きます。

 難易度の調整を、行います」



 抱き締められながら、不快感を滲ませながら。



「あなたを、信じたい。

 なのに……っ」



 瞳から、雫が溢れる。



「わから、ない……あなたを、信じていいのか、分からない。

 どうしても、あなたが〝自分を信じてはいけない〟と、行動で示して理由がわからない……っ」



 直接、助けようとはしない。


 ただ試練を与える、そう……綴は極論。そういったことしかしていないのだ。


 そして明確に〝障害を取り除く〟と言う行いを、一度もしていないのだ。



「…………」


「それは、意図したゆえですよ」



 ぽふ……と、毛布ごと、優しく抱き止められる。



「私は、どこまで行ってもモブにしかなれません」



 夜の世界で、小さな声が……静かに過ぎていく。



「出来ることは補佐と、サポートと、試練を与えるだけ。

 私は、君を守りたいんじゃない。

 ただ、君に英雄として……もう一度」



 そこまで言って、綴は何も言えなくなる。


「うそ」




「……何故、そう思うのでしょう」


「想いは二つ以上ある。

 あなたは……ブレている」




「…………」


「それは、矛盾する想い。

 ぶつかる想い……だから、あなたは、何も言えなくなった。

 葛藤で、胸がグチャグチャになったんだ」



 ————観測者。その属性は人の本質を極めて正確に読み解く。



「……ごめんなさい。その答えは……いえま、せん」



 ポツリと、声を漏らす。


 それはただ、苦しみに溢れていた。


 毛布で包まれているアラカは、綴を見上げる。



「言いたくないことが、答えで、す……精一杯の、私の答え、です……」


「……ごめん、なさい。

 人の胸を……暴いた」


「謝らないで、ください。

 君は正しい、間違えてるのは私だ。私なんです…」



  抱き締めながら、そんなことを呟く。



「……明日からは、この弱さも……克服するから、安心して、ほしい。

 この弱さは、すぐにでも……駆逐する……」



 そんな言葉を、小さく告げる綴は、どこか息苦しそうだった。



「……どう、して?」


「弱さは君を惑わす……君は、私の弱い部分を見て、助けようと勝手に行動し出す。

 心で、そう動き始める……それはダメ、だ。ダメなんです」



 支えられることを心底拒むように、声を漏らした。



「私は、君に救われたいんじゃない。

 君を、助け……ッ……」


 綴は途中まで話して、息ができないほどに困惑して、喉を詰まらせる。



「…………」



 そして何も言えずに、ただ……静かになるのだ。




「……強く、また、歩き出せばいい……」


 そんな言葉を、ポツリと漏らして……


「…………葛藤は、わたしたちを……こんなにも、傷付ける」



 布の擦れる音が……聞こえる。


 毛布で包まれたアラカが、綴の身体に、手を回したのだ。



「なんで、私たちは……こんなにも…複雑怪奇で、分かり易いのに、分かることが、出来ないのでしょう」



 抱き締められながら見上げた世界は、ただ……何処までも優しい闇で溢れていた。

読んでくださりありがとうございます…!

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