七話、朝凪
追記:
誤字報告してくれた読者様へ、読者様の熱意に負けました。
文章の修正を一部、適応しました。
◆◆◆
「明日は……あるく……すす、む……から、きょう、だけ……だけ、は……」
「睡眠学習……休むことを以って。心と身体と知識の許容量を脳裏で整理できる。
回復すればきっと……今日の君以上に、かっこよくなれますよ」
「睡眠学習…寝ること、を以って……すすめ、る……」
こて……という音を立てて、アラカは意識を沈めた。
「……助言が欲しければ、いつでも頼ってくださいね」
アラカの寝顔を見ないように、可能な限り感触がいかないように……綴は毛布の上から、背を撫でた。
「君に頼られなければ、こんなにも……胸が苦しくて、どうしようもないのですから」
ニコリと微笑んで告げる声は、ただただ疲れが滲み出ており……それを必死に押し殺すような声だった。
「そこ……おしり…」
「…………ごめんなさい」
数十分後。スヤスヤ眠るアラカを膝上で抱きながら仕事をひと段落させた。
「……アラカくん」
書類を一箇所にまとめながら、小さな声でアラカを呼ぶ。
「…………」
静かな部屋に、聞こえるにはスヤスヤという寝息だけ。
鼻腔を擽ぐる愛らしい甘い女の子の匂い。
その空間で、どれほどの時間……沈黙が続いていただろうか。
その果てで、綴は……ポツリと呟いた。
「……ごめんなさい」
————————
「ごめんなさい」
二度目の謝罪。いいや否、これは…………………懺悔だった。
「ごめん、なさい…一年、前…助けることが、できなく、て……」
ぎゅぅ、と……アラカが傷付かないように気を付けながら、起こさないように気を付けながら……綴は抱きしめた。
「冤罪晴らすのが手遅れになった後で、ごめんなさい……」
声が、震えている。
ただすやすや眠るアラカに、その顔を見られまいとしながら……必死に、泣きそうな声を殺す。
「守りたいのに、守れなくて、ごめんなさい。
今まで……謝罪の一つもできなくて、ごめんなさい……」
苦しそうに、ただただ、眠るアラカへと謝罪の言葉を口にする。
「面を向かって、謝ることもできない、クズで」
まるで、聖女に懺悔する囚人のような
「無能の分際で君にキスを受け取る恥晒しで」
まるで、死にたがりが死を決意した夕方の雨ような。
「君が人間不信なのに、無理して……側にいさせて」
本当に……」
ずっと、ずっと溜め込んできた痛みを、吐き出すような。
「本当に……っ」
そんな全ての想いを込めて……
「ごめん、なさい……」
そう、告げた。
本人が寝ている間、その間でしか告げられない謝罪。
ただ、息苦しさを、後悔を、弱さを……吐き出していた。
「そばに居て、ください……お願い、します……。
その代わりに必ず、必ず、君の信頼を……勝ち取って、幸せに、する、から……ッ…」
ポロポロと泣き出す綴に、腕の中で眠る乙女は静かに……ただ静かに、穏やかな呼吸をしていた。
◆◆◆
壁に突っ込んだバカを放置して、そのまま午後の授業を乗り切り……帰り道にデパートのフードコートに寄っていた。
「ええと、それでお二人の関係は…?」
アリヤはポテトを食べながら問いかける。
眼前の————二人に。
「「他人です」」
一人はアリヤの慕う友人兼お嬢様兼妹であるウェル。
そしてもう一人は朝凪鋼。エリート校の生徒会役員……もといパシリをしていた少年だった。
「……姉弟とか、では?」
「「ない」」
息ピッタリだった。
「そもそもウェルは、ウェルって、名前の怪異、なの。
もし前世があって、そこで朝凪汐、とかいう名前、があってもそれは、他人、なの」
「そうです。というか僕の義姉は死んでます、書類でもそうだし、そもそも血がつながってないし、死体を回収して燃やしたのも僕です」
その発言でウェルがピタッと止まる。
「何お前、そんな、ことしてたん? 火起こしとか、原始人やって、んな、穴とか掘ろうか?」
「全裸だと寒いだろうなという配慮だ。それよりお漏らしは治ったのかオムツ猿」
「あ゛?」
「あ゛?」
と思ったら頭突きをして喧嘩を始める。
「わかりました、わかりましたから姉弟喧嘩はそこまでにしてください」
「「…………」」
互いにメンチを切り、沈黙が流れるもそこで朝凪が立ち上がり「まあ、僕はこの辺で」と言って立ち上がった。
「あ、愚弟」
「?」
立ち上がる朝凪に、ウェルは声をかけて呼び止める。
その声に応えるように朝凪が振り返り——
「————」
ウェルに唇を奪われた。
「ウェルの加護、渡しとくから暇になったら、開花させ、とけなの」
ウェルは口の端を指で拭い、それだけ告げた。
数秒固まるが、朝凪はそのまま背を向けて、また去っていった。
「ん、じゃーな」
「あと、愚弟」
「何」
二度目の呼び止めに、朝凪は振り返らなかった。
「…………あの腐っ、た場所にいた時、体を拭い、てくれたこと……感謝し、といてやるの」
ただただ静かに、それを聴きながら……
「……………………」
朝凪は、歩を進めた。何も答えず、ただ、歩いた。
「…………助けられなかった無能に、そんなこと言ってんじゃねえよ」
そんな小さな声が漏れて、朝凪はデパートを後にしたのだ。
ふう、と朝凪は息を吐き————何も映さない虚無の瞳をあげながら。
読んでくださりありがとうございます…!