三十九話、カケラほどの安堵
5点評価してくださった読者様 感謝を。
そのお礼で 今回は 長めです
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「こちらも終わったようですね」
黒竜形態の綴さんが戻って来た。
そして目の前に降り立つとひさびさに人間形態を取る。
背が私より高い、お兄さんのような背丈の姿、
「……気持ち悪い」
目の前の人間形態の綴さんを見て、そう呟く。
正直言って今の私は酷く弱っている、怯えている、恐怖している。
————誰かに甘えたがっている。
「(信用したい、だけど信用できない。
甘えたい、でも怖い。甘えた先で、地獄が、また……来ないと、どうして言える…?)」
クズかもしれない、最低の小物かもしれない。
————あの地獄が、また蘇るかもしれない。
「(分からない……この人は、何……?)」
目の前の怪物が、只々、悍ましい…恐怖で体が震えて止まらない。
嗚呼そうだ、殺してしまおう…殺して仕舞えば加護の恩恵が消えて私は死ぬだろうけれどそれはそれ。もう恐怖で死ぬことはないだろう。
もうあの日々は二度と味わいたくない、地獄、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
誰か、助けて。
「————なんでアラカくんはたった一つの真実見抜いてから100の真実知ろうとしてんですか」
綴さんの指摘に、頭がピタッと、面白いぐらいに思考を止める。
「一から十までまずは聞きましょう。コナ◯くんの上位互換ですか君は。
嗚呼、もしこの視点が外れていたら指摘してくれると幸いです」
私はその言葉の意味が分からず、首を横に振った。
「考えるには情報が必要。必要な情報がない状態で物事を考えてみてください。
その人間の経験から足りない情報が溢れ出す、人はそれを指して妄想と呼ぶのですよ。
空想で構築された〝考える〟は妄想でしかない」
優しく諭される言葉の数々は、脳に少しずつ亀裂を入れていく。
————既存の価値観が、変化していく。
「私も君も、まだ何も知らない。
だから足りない情報を妄想で埋め尽くす。
そしてその妄想とは、私たちの過去のトラウマから這い出てくるのだよ」
過去のトラウマから〝空想〟は登場する。ならば、嗚呼、この不快感とは。
「ゆえ、当然の結果として〝詳しく知らない奴〟は自動的に〝自分を苦しめるゴミ〟と重なって見えてしまう」
————無自覚に、綴さんと過去のトラウマを齎した人を重ねていたということ。
きっと世の中のフェミニスト? とか、活動家? というのは、そういう理由で人を嫌悪しているのだろう。
ただ目の前の人を見る、それが難しくて、難しくて堪らないのだろう。
「アラカくん、提案をしましょう。
————デートしませんか?」
いつもの、何処か疲れていた、とても優しげで、見ているだけで落ち着ける瞳で、
少しだけ、無理に微笑んで見せた顔で、首を少しだけ傾げて。
彼は告げていた。〝私を観測しなさい〟と、少しずつ、少しずつ、他者を知ればいい、と。
「(……嗚呼、私は、クズだ……)」
そこまでして、私は自分の脳へとアプローチをかける。
瞳を閉じて、脳へと働きかける。
「(前提認識:踏み込んだ友人。
————修正)」
今までの認識は誤りだった。
ミュゼは教えてくれた————設けているハードルが高すぎた。と。
「(そうだよね、私はまだまだ、人間不信で、過去のトラウマを越えることすらできない半端者だった。
だから人並みのハードルじゃなくて、人間不信の設けるハードルで、よかったんだ)」
友人など、人間不信が持てるわけがない。
だからまずは、そう、まずは他人として、赤の他人として、人をみよう。
「(前提認識:まだまだ知らないことが多い、気になる他人)」
瞳を開けて、そこに映る世界を見る。
「(…………嗚呼、これだけで、よかったんだ……)」
胸に渦巻く不快感はまだある。
それでも過去ほどに悍ましいものではない。
少しだけ、世界が綺麗に見えた。
「(この人がどんな人なのかを、考えるには、まだまだ早過ぎた。
それだけなんだ、まだ……この人を知らない)」
————考えるな、人はそれを妄想と呼ぶ。
————考えるな、ただ目の前の人間を情報として識れ。
————考えるな、過去のこの男がした行動だけ、それだけを見ればいい。
————まだ、過去のトラウマがしてきた行動を、この人はとってないのだから。
「(……初めて会った時、殺し合いをした。その意味は考えないものとせよ)」
過去を思い出す。この人ととった行動を。
「(再会した日、首輪を掛けられた。その意味は考えないものとせよ)」
そして少しずつ、この人のことが。
「(…………………監禁する用意があります、と発言。その意味は考えないものとせよ)」
分かるように……………。
「綴さんクズじゃねえか!!」
「ぐほぁ!!」
顔面に平手をぶちかました。壁に激突する綴さん。ざまあ。
「(ふぅ、落ち着こう。
落ち着いて過去に目を向けてみよう)」
とりあえず綴さんがクズなのは確定して、次はその他の行動を、具体的にはその周囲へと思考を巡らしてみた。
「(……綴さんの家に重火器を設置して10日間立て篭もり、軽く二桁は殺した。
綴さんは別に構わないと言った、その意味は考えないものとせよ)」
そしてそれは、少しずつ。
「(……綴さんに「気持ち悪い」と発言する。
綴さんはそれ聞いて冷静に受け止めた。その意味は考えないものとせよ)」
誰がどんな人間なのかを紐解いて。
「(綴さんの意見を聞かず抱きしめた。
綴さんはそれを受け入れた、その意味は考えないものとせよ)」
そして、私は気付いた。
「私はクズだあぁぁぁ!!」
「急に自分を殴り出した!?」
ダメだ、クズしかいない。
ゴミじゃないけれど割とクズしかいない。
ふう、と顔を上げて綴さんを見る。殴られてるのに、常にいつもの微笑むを浮かべている。
「……ごめんなさい、それで、デートのお誘い、でしたね」
まだ分からない他人だ。クズだけど、クズの行動は別に法に抵触してない限りは許容することにしてる。
それはそれ、として。そこにある事実として認める、それだけでいい。
————ぎゅ。と抱き付いてみた。
「……」
「……」
あったかい、人の温もりは、本当に久しぶりに覚えた。
抱き付いていたら、ストレスは下がるとか何処かのゴシップ紙でみたけれど、あれは真理だったらしい。
だって、こんなにも。
「…………」
「ちょ、アラカくん……?」
身体の力が、ぬける。
身体中の節々が、疲れの自覚を繰り返す。身体に溜まった疲労は、ずっと溜め込んでいたものだったのだろう。
「五年分の……疲労が、溢れそうだ、から……今だけ、は……ゆる、して」
「………………はい」
その言葉で、身体から完全に力を抜く。
綴さんが背負ってくれる、優しい背中だ。
背中に乗り、ゆさゆさと、歩き始めてくれる。
雨は止んだ。あたたかい背中に包まれて……そっと私は、耳元へ囁いた。
「ええ、是非、ご一緒させてください」
まだこの人が何なのか、私には分からない。
分からないから、まずは見てみよう。
外見から想像とか、この行動をしたからとか、そういうものはまず捨てよう。
きっとその先で、少しだけまともな世界があると思うから。
読んでくださりありがとうございます…!