三十七話、ミュゼ解剖
「誰も彼もが消えていって、しまうから……留めていたかった、それだけのことなのよ」
灰色の空。雨が止まない青の世界で、懺悔が濡れずにそこにある姿が映る。
「あの作品の子達は、君の何かな」
「守護すべき……大好きな幼い子、です
生前の、ですが」
精神が極めて落ち着く、雨の世界。
「子宮と、心臓だけの子は……優しくて……よしよししてくれたんですよ。まるで、ままみたい、で…………だから、他の臓器や、骨や、脳味噌なんていうものが残ってるのは、個人的に、違うと思った」
だからこそ、優しい心臓と……自分を包んでくれていた子宮だけを残した。
「人肉の部屋は……友達。
人が溢れる家庭。家に友達を呼べるような世界……親戚だけで、沢山いるような……あの、有名なアニメ映画、知ってる……? アレみたいなのに、憧れ、てたんだ」
ゆえにこそ、何処を見ても必ず人がいる部屋を作ったのだろう。
「臓器を乾燥させたものは……救い、だよ。
あの臓器、ね。実は……私の、なんだ。ある怪異に。複製してくれる子が、いてね……お願いしたのよ。
ドナーっていうので、さ……アレがあれば……妹を、救えたんだよって……そう、思って、さ……もう、手遅れなのに、ね……手遅れ。ぜんぶ……手遅れだから、乾燥させて、皺々に、したの……」
それはある種の懺悔や、後悔に似ていた。
「がくがくって、痙攣を起こす、の。あの子。だけど、私、なにも、なにもでき、なかっ…た…。
あの女にいわれてた、通り、電話、しても。あの人、でなくて、ね…」
じわ、と瞳から涙が溢れる。ダメだ、と嫌だ、とトラウマがフラッシュバックする、と。
「姿造は、ね」
頭をゴロン、として……アラカから顔が見えない位置になる。
「私の、赤ちゃん……」
ミュゼの赤子。それを姿造りにした、それがアラカの最初に見た作品だった。
「見つけた、時は……ドロドロに腐ってて、ハエが、沢山、卵産んでた。
だから。別の怪異に依頼して。クローンを、作って、それ、で……今度こそ、幸せにって。そう、おもっ、て……」
酷い有様で、腐食した死体は吐き気を催すほどだったのだろう。
「————井戸に、捨てちゃったから……」
————そして、その最期も、ただただ酷い悪夢だった。
「過去の私は何もしなかった。遠去かるこの子らをただ眺めるしか出来なかったの。
遠ざかるの見て、悔しくて、吐きそうで、下唇を噛んで、爪が食い込むほど拳を固めて……ただ、泣きながら自分は、幸せだと、、自分を、擦り殺して……」
涙で濡れる。
「何処にも行かないなんて言葉、絶対に信じられるわけがないんだ。
だってみんな、遠ざかるの。酷い、酷い、死体だけが見つかったって……ぁ、は……」
笑いながら、瞳では雨粒が溢れていた。
「あは、はっ、はは……ほんと。愉快でしょう、ねえ」
自分の滑稽さに。嗚呼、もうダメだとミュゼは笑う。嘲笑う。
「みんな、遠くで死体になるのが、嫌なのに。
私、自分で、死体にしたのよ? あは。はっ、ははは……ねえ。おもしろい、でしょ? は、はは…」
ポロポロと、口は笑っているのに
「だからもう……何処にも行かないでって…………そばにいて、って……固めて、壊して……そこにあるモノにしないと……もう、みんな、離れていく、そんなの、いやだ」
簡単な話。このミュゼという少女は。ただ何処にでもいる不幸な女の子だったのだ。
「わかってる。こんなものじゃない。
私はただ、誰も信じれなかっただけだ。そんなの分かってる」
当たり前に自分に自信がなく、当たり前に心が寂しくて仕方なかった。女の子なのだ。
「誰も、遠くに行かないでって、遠くに行かないことを信じれなかった。
だから〝何処にも行けないようにした〟。」
その結果、生まれたのがあの作品と、この美術館という名の地獄だった。
「でも、わたし、は…っ」
声に、慟哭と、言葉にできないほどの息苦しさが宿る。
「死体に、側にいてほしかったんじゃない……ッ…!
だから、綺麗に、しようって、わたし、なりに…ッ、綺麗にしようって…!
それが作品の真実。
「でも、あんなのしか、でき、なくて、
あんなの、じゃない…! みんな、は、もっと、もっと、綺麗だっ゛だの゛に゛…!」
ただ、この少女は……誰も信じれなかっただけだったのだ。
「ごめん、なさい」
手で顔を覆い、そう呟いた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
声を荒げて、自律神経がおかしくなるほどに叫ぶ。
「死にたくなかったはずなのに、私は殺したんだ!
そばに居てくれるって約束してくれたのに。私は、殺したんだ…!!
こんな、作品にされたいわけがなかったのに、こんな酷い姿じゃなくて、元気な姿で、微笑んで、そばに居てくれれば……それが、一番いい゛の、に……!」
ぽろ。ぽろ、と涙を零しながら、
もう嫌だ、と感情が決壊したダムのように溢れ出している。
「あ、ぁ、っ。ぁっ」
頬を伝う。感情の大波乱。ぐちゃぐちゃになる心は。ただ暴走し続ける。
「嫌だ、嫌だ、なんで、どうして……」
揺籠がズタズタに引き裂かれる。
心の安息。その全てが破れ、壊れ、千切れていく。
「ああああああぁぁぁ……っ。ぁぁぁぁ……」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、もう嫌だ、ごめんなさい。死にたい人間なんて、本当はいないと泣き続ける。
「ごめんね、ごめんね…っ。
作品に゛、しようとして、ごめんなさい……」
ただひたすら泣きじゃくり、過去の思い出が一枚ずつ黒く塗り潰されていくのを、ミュゼは感じた。
「ふふ。そうですね」
そんな過去を前に、アラカはただ微笑んで受け止めていた。
その穏やかな声に、ミュゼは思わず……涙を止めた。
「今までよく、一人で歩いてこれました。ですよ」
そして続けられる声に、何処か安堵を覚えてミュゼはアラカの膝の感触を覚えた。
「……?」
「なんで笑顔なのか、ですか?」
「……」
ミュゼはただ黙って頷いた。
銀色の髪をし、首輪をした天使のような……ケモミミ美少女。
そのケモミミ美少女は。微笑みを絶やさず、言葉を続けた。
「これでも私、元男ですから」
雨音が何処か遠くに聞こえるようで。光が差し込んでいるようにも思えた。
「男の子は女の子の前では精一杯、強がるんですよ。
男の子が辛い過去一つでわんわん泣いてたら、女の子は誰に泣きつけばいいのやら、ですよ」
「それって男の子っていうよりマm——」
「だから男の子は絶対になかないの」
「いやだからそれ、マm——」
「同情したフリする男ほど、醜いものはありません。
男の子ならどしーん、と構えるのですよ。
男の子のお胸は。女の子が甘えるためにあるのです」
「(あっ、このまま流す気だ)」
ニーチェは言った。男の子のおっぱいには夢が詰まっている。と。
「ずっと、そばにいてくれる人……か」
そしてアラカは問題点に着目する。
そばに居てくれる誰かが欲しいという願い、それに対してアラカはある提案をした。
「じゃあ、私の中に来る…?」
下腹部に触れる、すると紫色の光がほわん……と、鈍く光。
「ぇ……? ま、りょく……?
いえ、これは違う。どちらか、というと、これは……」
ミュゼはその魔力に覚えがあった…そしてだからこそ、真実に気づいた。
「魔石……怪異の心臓に埋め込まれてる、魔力生成器官……」
怪異の心臓とも言われる器官。魔石。それが埋め込まれていた。
「他の子を背負うと、みんなここに集まるんだ。
だからたぶん、居心地が良いのだと思うよ」
————みんな。それが何を指しているのか、ミュゼにはすぐ分かった。
「何処かに遠ざかるのが嫌なら……ずっと着いておいでよ。
追いかけて、追いかけて、捕まえて……閉じ込める。
ストーカーの所業だけれど、法の裁きを超える狂気を宿してしまった人間には……それが救いとなりうる」
そうしないと、もうどうしようもないイカれた人間とは、どうしても存在するのだから。
「ただ、前へ、前へと進まないと……この、悪夢は、絶対覚めてくれない。
優しい誰かじゃない。厳しい自分しか、この悪夢を壊してくれない……」
ミュゼはぐちゃぐちゃの精神で、苦しみながら、そんなことを呟いた。
「子宮……やさしい、場所……帰れる、場所」
アラカの下腹部を、凝視して、ミュゼはただ……呆然と呟いた。
「嗚呼……それ、なら……いいかも、しれない、ね…っ……」
涙を優しく携えて、アラカの下腹部に抱き着いて、ポロポロと、泣き出した。
「おやすみ、なさい……」
とても幸せそうな表情で、そう意識を失い————ミュゼはその身体を消失させた。
アラカの下腹部が紫色の光をふわんっ、と……少しだけ、輝きを増した。
アラカはその数年後、知ることになる。
————子宮に溜め込んだ怪異がまさかの〝妊娠待ち〟だったことに。
過去に溜め込んだ魔石は軽く三桁を越える。アラカは三桁の子供を全員〝転生〟させることができるだろうか。
読んでくださりありがとうございます…!
子宮エンド。
こんな沢山、書く気なかった、のに