三十六話、意味のない嘆き
恐らく もう一話ほど 出ます
◆◆◆
「よくも、よく゛も゛っ、よぐも゛よ゛ぐも゛ッ!!」
————ぶち、ぶち。
一歩進むごとに足の繊維がぶちぶちと音を立てて破れる。
「ぁ、ぁあ゛っ。ぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーッ!!」
身体に走る激痛はどれほどなのか、それとも既に神経ごと千切れて壊れてしまっているのか。
————そんなこと、どうでもよかった。
「ひ、ぎ、ぃ゛ッ! ぁ゛ア゛ッ゛!!」
ただ前へ前へ、嫌だ嫌だと何かから逃げるように。憎い何かを殺し続けたいと願う復讐者のように。
「ぁあああああああああああああああああああああああああああーーーーーーッッ!!!!」
その表情はただただ必死で、息苦しそうで
「ぁ————っ」
————ただただ、泣きそうな顔をしていた。
ぺき、という軽い音と共にミュゼは倒れる。わなわな震える様子で後ろを振り向き……
「ぅ、ぁっ。ぁ」
もう、物理的に前へ進むことすら出来なくなってる足が見えた。
内臓に骨が突き刺さり、もう呼吸も魔力強化を離せば即座に終わるまで来ており。喉は潰れて尚酷使したためか殆ど機能をしていない。
「ぅ……ぁ…っ………」
じわり、と瞳に涙が滲む。
潰れた喉が。
もう数本の肉の繊維と骨しかない足が。
骨が露出するほどに壊れた身体が。
もう全身が〝諦めろ〟という状況を、それが自分であると気づいて…ミュゼは。
「ぁっ、ぁっ……ぁっ……」
ミュゼは。
「ああああああああああーーーーーーー!! あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーッッ!!」
————決壊した。
大泣きして、もう嫌だ嫌だ嫌だと泣き出した。
ミュゼもわかってる、分かっているのだ。
悪いのは自分だと、他人の命を奪った自分には似合いの最後だと分かっているのだ。
「うわああ、ああああっ、あああああああ!!」
泣きじゃくり、腕で必死に目を押さえて、嫌だ嫌だともう嫌だと泣きまくる。
「…………」
アラカは踏み出す。ただ終わらない勝利を求め続ける。
ミュゼの前へと踏み出し、ナイフを再度振り上げる。
「…………」
「…………」
瞳が重なる、共に何処か壊れ切った〝破綻者〟の瞳をして。
「ババア、を……嬲っていいのは、わたしだけ、なのに」
消えてしまうような声で、ミュゼはそんなことを言い。
————ナイフは振り下ろされた。
「……………」
ミュゼは自分の膝を見る。
「…………パレット、ナイフ」
そこには破壊されたパレットナイフが落ちていた。
ミュゼの使用していた時間停止の泥を撒く武器だ。
「…………」
「っ……」
ババアがゴホッ、と咳き込む。
「傷、が……ない」
ミュゼはババアを見て、死んでいないことに気付く。
そしてアラカがペコリ、と頭を下げる。
「……ごめんなさい。貴方のババアを無意味に痛め付けてしまいました。
治療させてください」
「……」
そして、アラカの目的とは、初めからミュゼの殺害ではないのだと、今更ながらに知る。
「はは、は……なに、それ……ばか、みたい」
もう笑いしか出なかった。
「無駄骨、じゃん。私」
今も、魔力を回してもらって、手紙で治癒魔法を使い、身体の怪我を修復してもらっている。
「膝枕してくれたら許す」
「……ありがとう、ございます」
「(この子の子宮、可愛いだろうなぁ……)」
膝枕をされ、可愛い女の子にご奉仕(治療)をしてもらい、謝られた。
もう、毒気が抜けた。
「……八つ当たり、したわね」
「……君を痛め付けたのは事実ですよ」
力なく、項垂れるミュゼに、アラカは問いかけた。
「ミュゼさん。一ついいかな」
「なに…」
「君は何故、あのババアに対してあそこまで執着し、激怒していたのですか?」
ざーーーー、ざーーーー。鳴り止まぬ嵐を頬にうけて、しばし考える。
そしてミュゼは…ぽつぽつ、と声を出した。
「……私は、家族に……理想の家族に、憧れを持っていた。それだけ……だったのでしょうね」
ポツリポツリ、と語りだす。
「人を見る上で必ず人はハードルを提示する。
他人に求める基準、友人に求める基準……諦めたくなかったのよ。あのババアを家族として見ることを」
つまり、家族としてみたかったから、痛め付けたのだと……ミュゼは語る。
「でも、あのババアは、あまりにも……あまりにも、クズだった。
頭が沸いていた。だから嗚呼して、苦しませ続けた」
前提:家族。
に対して
ババアは毒親すぎた。理想の家族を追いかけるあまり、現実の悪辣さに、どうしようもなく悪意を覚えるのだ。
「……求めていたハードルが、あまりにも高すぎたのね……
ただ、安らげる場所を……なんて、あまりにも、贅沢を言い過ぎた、かしら」
独白のような言葉に、自嘲するような渇いた笑みが浮かぶ。
「誰も彼もが消えていって、しまうから……留めていたかった、それだけのことなのよ」
灰色の空。雨が止まない青の世界で、懺悔が濡れずにそこにある姿が映る。
読んでくださりありがとうございます…!