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三十五話、老害のババアは自分の心がなんなのかを知らないことを知った。

「……は?」


 それはババアで。あの便利な道具のババアで。あのクソ汚ねえババアで。


 ————ババアの背が、ナイフで深く。深く抉り壊されていた。




「ああ……よか、た……」



 ババアは膝をがくっ、と落とし…その場に座り込んだ。


 ————決してミュゼにもたれかかるなんて真似は、しなかった。



「ば、ばばあ……?」



 ババアはナイフを放たれる刹那。ミュゼに覆いかぶさりその攻撃を我が身をもって防いだのだ。



「ああ、ようやく……生まれてきて、初めて……家族っぽいこと、が、できた……のかね」


 視線は遥か下方、血液が流れ出して水の床に広がり続ける。


「だめ、だ。分からない……あたし、は、本当に、まとも、なのか…?

 これが、まともな、家族、なのか……? 分からない、わか、らない……分からない、な」


 その呟きは問いかけ、というより独白や自問自答に似た雰囲気を持っていた。

 自分がまともになれているのか、それともまともな自分に酔いたいだけのクズなのか、その違いはなんなのか。


 実際に行動をすればその気持ちは証明されるのか、それとも行動が付いてくる自己愛なのか。


「ミュゼ」

「っ……!?」


 人はそれを〝どちらでもいい〟というけれど、ババアにとってはそうじゃなかった。

 ただ、物語の主人公のような〝真心〟を持ちたい。


 自己愛じゃなくて、しっかりとした他人への愛を持ちたい。そのために足掻いて、足掻いて、足掻いていても先刻ババアはそのあり方をアラカに斬り捨てられた。


「顔を、みせておくれ……」



 けど、自分はやはりクズなのだろう。わからない、分からない、誰かを想うとは何なのかがババアにはまるで分からない。


 自己愛ではなく。真に他人を想うとはなんなのか。分からない、分からないから————まずは相手をまともに見るところから始めよう。


「ぁあ、ぁ、ぁ……なん、だ」




「お前。こんなに…綺麗な顔、してたんだねえ……」


 ぽろ、涙が溢れる。

 と最後の最後で知った孫の顔。


 そして震え切った声で、怖がりながらババアが泣いていた。


「嗚呼、本当に……あたしは、くずだ。

 孫の顔一つ、今まで、ろくにみて、こなかった…んだ、ねえ……」

「っ」


 ババアはずっと、孫の顔さえ見てこなかった。


 愛だ、善だと形だけのご題目ばかりを並べた過去の自分を殺したいほどババアは憎む。

 そしてその全てがもう遅すぎたということを。


「ミュゼ、ずっと、言いたかった……ことが、あった、んだ」


 だから、せめて、最後だけは、とババアは死にそうな声を絞り出す。


 只々、ずっと言えなかった言葉を。




「……————ごめん」





 十数年の、いいやもしかするとそれ以上の長い時間。その全てが重く重くのしかかった一言だった。



「ばばあ、死ぬなよ。おい、待ってよ、ねえ」


 ————ババアは意識を失った。

 ミュゼはその様子を信じられない、という風に揺さぶる。



「(ウェルから治癒の〝手紙〟を買っててよかった。

  うん————ババアの怪我は全部治せた)」


 ————尚、ババアの傷は完治している模様。


「違うの、違うの……。

 本当は、違う…の…」


 震える声でババアの肩を掴み、ゆさゆさと揺らすミュゼ。その表情は絶望と、計り知れない恐怖で包まれている。


 ————尚、ババアの傷は完治している模様。


「なんで、どう、して」



 嫌だ、嫌だと言い続ける姿は只々痛々しく、


 ————尚、ババアの傷は完治している模様。



「…………」←冷や汗だーだーのアラカ



 アラカはチラリを見た。



「ババア、おい、ババア…」

「…………」←冷や汗だーだーのアラカ。


 アラカは天井を眺めた。穴が空いてる。


「(————あれ、これ言える空気じゃないな?)」


 ————アラカ、ここに来てプレミ。



「菊池、アラカ……!」


 気絶する様に(というか本当にただ気絶してるだけ)のババアを床に置き、憤怒の籠った形相でアラカを見るミュゼ。


「(やべえ、どうしよ)」



 ここに。全く意味のない第3ラウンドが開かれようとしていた。

ババアは無知の知に辿り着いた。



読んでくださりありがとうございます…!

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