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三十四話、ミュゼの■■


◆◆◆


〝この潰された〝君の生前の姿〟は。こんなに酷い殺され方になってるのかな〟


 その言葉、その意味に世界が止まる。


「なん、で」


 ミュゼの瞳孔が震えている。

 震えた瞳で、真実を言い当てたアラカを見た。


「どう、して」


 恐怖、自己の明かされたくない真実を明かされたことに対する恐怖、絶対に分からないと思っていた真実。

 事実、過去にこの美術館に訪れた人物は余裕を失うものだけで、そこへと視線を向けることすら出来なかった。


 ————なのにどうして、と。



「なんとなく、かな」


 アラカはその問いに対して、ただ平静と返した。なんとなく、そんな気がしたと答えたので。


「ここに来るまでに見た美術品と、この……【懺悔】は余りにも毛色が違った」


 ナイフを空中に投げてはキャッチして、それを繰り返す。


「姿造り……人肉部屋……少女の子宮と心臓……」


 ナイフを縦横無尽に放ちながら、夢想をする。

 殺人によって生まれた作品たち。それらを思い出し、掴むように、刺し殺すようにナイフを操る。


「それらの作品は、非人道的で、命を加工するという禁忌の所業で、そして」


 ざーーーーざーー、と嵐が吹き荒れる中で唯一無事な…〝まるで時間が止まっているかのような〟懺悔を眺めて、アラカは告げた。



「————その全てが余りにも綺麗だった」


「やめ、て」


 ミュゼは声を漏らした。

 ————それは理解者への歓喜ではない。


「ここにある【懺悔】だけが、殺人衝動と、破壊衝動と、悪意の限りを尽くしていた。

 確かな殺意が捩じ込まれたものだった」


「うる、さい」


 ミュゼは声を漏らした。

 ————それは理解者への感謝ではない。


「綺麗な作品と、殺意が捩じ込まれた作品。この二つの明確な違いはなんだろう、と思ってね」


「やめ、ろ」


 ミュゼは声を漏らした。

 ————それは理解者への行為ではない。



「私をそれ以上語るなァーーーーーーーッ!!」


 ミュゼは声を漏らした。

 ————それはまごうことなく、悪意であった。


 ブワッ、と魔力が暴走する、ミュゼを中心に泥の嵐が溢れ出す。


 空気に乗り、風に乗っては雨に潰され泥と舞う。


「綺麗なわけがないでしょうが!!

 あんな死体の、あんな猟奇殺人の何処が綺麗なのよッ!!」


 激怒と憤慨のままに泥が荒れ狂う。

 暴走、暴走。暴走暴走暴走暴走暴走。



 切り裂かんと猛り狂い、飲み込んでやると列を成して。その果てで殺意が蠢く。


「意味が分からない意味が分からない意味が分からない意味が分からない!!

 狂ってる、狂ってる狂ってる狂ってる!! あんな狂気を綺麗だなんて、意味不明なことを言ってんじゃないわよーーーーッ!!」


 波。それは巨大な津波のような悪辣さ。


 時間停止の泥を無尽蔵に生み出して、最早彼女自身に後遺症が残るのではないかと思うほどの暴走を繰り返す。


「いいや綺麗さ。

 少なくとも私の目には。あの作品は美しいものだと思えた」


 殺意と殺意と殺意と殺意と殺意。ありとあらゆる敵意がごちゃ混ぜになったままミュゼは叫び狂う。


「黙れェーーーーーッ!」


 彼女はもう動けないはずなのだ。苦しくて呼吸も出来ないほどに追い詰められているはずなのだ。


 だというのに彼女は怒り狂っていた。血がドバドバと溢れて風に舞うことすら気づいていない。


 それほどまでの激怒、それほどまでのパンドラの箱をアラカは今、踏み抜いていたのだ。








「————しかし本当に欲しいものだけは得られない。難儀なものだね」




「————」



 二度目の静止。特定の情報をぶつけられると精神がピタリと止まる。それはミュゼの癖でもあるのだろう。


「しまっ」


 ドゴォォォンッ! 気付いた時にはもう遅い。


 泥の振れた部位を計63回ほど抉り飛ばすことで波を突破してきたアラカによって、ミュゼは今度こそ致命傷を叩き込まれて壁に激突した。


「まだ、分からない。

 私が描くべき答えが、まだ分からない」



 泥は消え、嵐の中に包まれた世界で、アラカは静かに地面へと降り立った。


「何も知らないものは、何も疑わない。

 そして同時に、私は私がまだ幼く、無知であることを知っている」


 イングランドの詩人、ジョージ・ハーバートはそのような言葉を残して、


 ソクラテスは知らないということを知ることが始まりであると説いた。


「何が正しいのか、私には分からない。

 だからまず。何かを知りたかった。私が描くべき答えに辿り着くために。何かを知りたかった」


 コツ、コツ、と静かに歩いて、ミュゼへと近づく。


「だから君を知ってみようと思った」


 ミュゼの前へ立ち、アラカはナイフを強く握った。


 血塗れで、もう微塵も動けないミュゼを見下してナイフを振り上げた。


「君の在り方は、私に良い刺激をくれた。

 ————ありがとう」


 そしてアラカは————ナイフを振り下ろした。


◆◆◆


 私の美術館はこれで閉館なのだろう。

  目の前でナイフを握る天使がいる。



「何も知らないものは、何も疑わない。

 そして同時に、私は私がまだ幼く、無知であることを知っている」

「(ジョージ、ハーバートと…無知の知……)」


 私の美術館はこれで閉館なのだろう。

  思考がまとまらず、くだらないことさえ考える始末。



「何が正しいのか、私には分からない。

 だからまず。何かを知りたかった。私が描くべき答えに辿り着くために。何かを知りたかった」



 私の美術館はこれで閉館なのだろう。

  けれど、もうこれでいいのかもしれない。


「君の在り方は、私に良い刺激をくれた。

 ————ありがとう」


 そして天使はナイフを振り下ろし————目の前に覆い被さった何かを切り裂いた。




「……は?」


 それはババアで。あの便利な道具のババアで。あのクソ汚ねえババアで。


 ————ババアの背が、ナイフで深く。深く抉り壊されていた。







 ————ババアがミュゼを庇っていた。

ババア……?





追記:すみませんでした。誤字が、ありました。





読んでくださりありがとうございます…!

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