三十三話、怪異《司書》
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豪雨の中。ダンプカーほどの巨体を持つ黒竜はある一人の怪異と殺しあいをしていた。
「いけませんね。試練は適切な難易度を以って行わねば無理ゲー、というやつになってしまいます。
それは少し困る」
「けひゃっけひゃひ」
黒竜の牙に腹部を貫かれて空中で振り回されている怪異は、何が楽しいのかずっと狂ったように嗤うのだ。
「————〝ギロチンの罪〟」
「————」
ぞわり、と黒竜は首筋に何かの悪寒を覚える。
この怪異はいま、何と言った?
会話もできない猿ではなかっただろうか。だというのに平気で言葉を紡ぐその異質さ、その特殊性。
「〝痴愚の群れは恩を忘れた〟
〝娘は生まれたギロチンに処される〟」
「これは」
そして理解する、その言葉の将来を。
「〝罰当たりっ子〟」
「能力発動の詠s————」
————瞬間、黒竜の首が飛ぶ。
牙の拘束が弱まるのを確認して怪異が飛び出し————刹那に腕を喰い千切られる。
「う?」
右腕が軽いことに気付きながら、同時に疑問も浮かぶ。
————首を切断したはずなのに、どうして、と。
「…………」
悠然と山の一角に佇む黒竜に怪異は殺意を滲ませる。
「首飛ばしはこれを使ったのだな、嗚呼、また一つ、学びを得た。
————要は首が落ちる前に再生させればいいだけですね」
この不死竜はこの上なく簡単に己のした行動を告げた。
まるで庭先の雲雀へ目をやるような気軽さでその偉業を口にする。
首が飛ぶ痛みも、恐怖もあるはずなのに平然とそれを告げる様は若干の恐怖すら滲ませる。
「というか悪いのジャック・ブルイユでマルグリット何も悪くないよなあの物語」
雑談を許す程度には余裕の面持ちで大地へと足を下ろして怪異を見下す。
「………」
怪異はその姿を呆然と眺めて————歪に口角を歪めた。
「けひっ」
こちらの神経を逆撫でするような嗤いをあげる。
「ひひゃひゃ、あひゃひゃひゃ」
腹部からドロドロと血が溢れ出す、致命傷としか思えないのに怪異は嗤う。
嗤う、嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う————詠う。
「〝木造の港町は恩を忘れた〟」
「…………」
その詠唱をただ眺めて、黒竜は座している。
「〝森林の静かに復讐を誓う〟」
あるところに森林を伐採し、出来上がった街があった。
その街は全ての家具、全ての建造物が木造だった。
「〝愚か者よ、鉄の船から敬い見上げよ〟」
「木造の街、森林の復讐、鉄の船……ほう」
だがその先で、森林は港町の人々を眺めていた。
静かに激怒して、彼らを眺めた。
「フランス怪奇小説」
初めに亀裂が入った、人々は気付かなかった。
次に家具が壊れた。人々は気付かなかった。
「〝森林の街ッ!!〟」
最後に森は激怒した————人々は気付いた。
周囲の木々全てが畝り、猛り、暴走を起こす。
綴の身体に巻きつき、締め殺さんと木々は狂い叫ぶ。
「クネクネ、口裂け女、ノアの方舟、そうか、理解したぞ。
お前の能力は」
巻き付かれた木々の隙間から、綴の瞳が覗き、その観察眼で能力を浮き彫りにする。
「〝物語を現実に召喚する能力〟」
「けひっ。けけけけ、あひゃっ、あひゃひゃひゃ!」
増殖する木に飲み込まれていく綴りを見て大爆笑する怪異。
「このままじゃ木々の栄養にされて殺されてしまうな」
————で、だから?
「けは……?」
瞬間、木々が腐り落ちる。
綴を取り巻く全ての木々が紫と鮮やかな蒼黒に変色して腐り落ちていく。
「不思議かね? 私の持つ異能が不死であるのに、どうして、か?」
それは怪異が覚えた本能的な疑問だった。
そう、元理性派のリーダーコードレスが不死の異能を宿していることは有名だった。
「いやあ、とんだ勘違いだよ。色々な人が間違えるので一度訂正しておこう」
あはは、と黒竜は笑んでから〝猿相手に明かしたところで別に構うまい〟と胸の中で嘯きながら。
「————■■を殺し続けたい、それが俺の真理だよ」
「!?」
————怪異は己の身体が腐っていることに気付いた。
「————第一ラウンド、いい加減始めても構わんかな?」
読んでくださりありがとうございます…!




