三十二話、雨と刹那
綴が影の怪異を喰い千切り天井を突き破ったことで再開された戦闘は先ほどと同様、あまりにも一方的なものとなっていた。
「っ!」
アラカはナイフによる刺突を放つ。それを紙一重で横に避けるミュゼ。
頬から血がスゥーと流れ
「————ぇっ」
ミュゼの視界が一瞬で真っ暗に染まり、腹部に何かが減り込む衝撃に侵される。
「が、ぁ゛…!!」
ドォォォォンッ!! 灯の消え、薄暗い嵐で水浸しになる美術館。
その壁へと激突して腹部に強烈なダメージを負う。
「目眩し、前蹴り溝落とし。
身体も、体格も全盛期の一割だからまだ立てるだろう?」
アラカは前蹴りの状態を解き、微かに煙すら放っているシューズの先をトントンっと地面に叩く。
「それにしても、そこのババアを殴るのを割って入るとは驚きました」
視界の端で力なく倒れてるババアを見て、アラカはふふっと笑んだ。
「げほっ、けほ……っ。
なに、が…でしょう」
腹部を抑え、口から血を吐きミュゼは立ち上がる。
とてもじゃないがマトモに接近戦はもう出来そうもない。
腹部の魔力を流し込んでどうにか呼吸を可能にしているがそれだけである。
その様子に気にもせず、アラカは話を続ける。
「ハッキリ言ってそこのババア、救う価値ないでしょう?」
頭が絶望的に終わってる。
孫のことをまともに見ない。
自己愛を献身と抜かす。
「馬鹿みたいだよな、このババア」
ビクッと震えるババア。アラカは完全にこの老害を嫌っていた。心底軽蔑していると言っていい。
「ああ、でも……君の感性からしたら別だったのかな」
けれども価値観は人それぞれだし仕方ないね、と手をひらひらをしてアラカはナイフをクルクルさせる。
完全に遊んでいるが、それでもミュゼはどうしても責めきれずにいた。
「(ダメだ、損傷が大きすぎて…まともに動かせない)」
「なあ、ミュゼさん」
こつっ、こつっと歩いて、雨に濡れる全てを踏み散らして遊ぶ。
「あの赤ん坊は、君のなんだったのかな」
壊れた美術館。雨に濡れ、銀色の髪を流させ、天使のように美しい容姿で問いかける。
その動作、その光景が余りにも神々しい絵画のように鮮やかで、同時に鬱くしいという感想ばかりが溢れ出る。
「……」
「ここに来る途中にあった子宮と心臓の少女……アレは君にとってなんだったのかな」
ざーーーーー、ざーーーー、と雨は降る。
こつ、こつ、ぱしゃんっ、と気まぐれに雨を飛ばす。
「はっ、そんなこと教えるわけもないでしょう?」
「何故?」
問いかけるアラカは平然と、まるで日常の延長のように告げる。
「美術館を潜らせて、作品を見せた。
自分の素面を表に出した。ここまでオープンにしてるのに、どうしてなのかな?」
「…………」
押し黙るミュゼ。それはダンマリというよりも、ただ呆気に取られてるようであり。
まるで自分のうちへと叫んでいるようだった。
〝何故、今自分は拒絶したのだろう?〟と。
そして、アラカはその姿を眺めて。
「なんで————この潰された〝君の生前の姿〟は。こんなに酷い殺され方になってるのかな」
「————」
————————————————世界の音が全て消えた。
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