三十話、ミュゼの力
「————ねえ、そのババアを殴っていいのは私だけなんですけど?」
届く声に、アラカは即座にナイフを抜く。
綴はアラカの腕からようやく解放されて羽をパタパタしてる。
「……ミュゼさん」
髪の血が取れて、素の髪が見えているミュゼ。
彼女は怒りに満ちた表情を浮かべたかと思えば、すぐにいつもの親しげな表情を浮かべてアラカへと問いを投げる。
「ねえねえ、私の作品はどうだったかしら?
私の作品になりたいって思えたかな??」
「……ごめんね、それは思えないや」
アラカは静かにナイフをあげて
「——まだ、やることが沢山あるから」
ミュゼへと敵意を表した。
「…………」
「…………」
両者の間に一晩より長いようで、一瞬のようにも思える沈黙が広がる。
「そう……なら私は…」
親しげな表情のまま綴られる言葉は酷く冷え切って、その声で、その表情でパレットナイフをあげて。
「あなたを、私の四つ目の作品にしたく思います」
——殺し合いの合図が共に出された。
そして互いに取った行動は極端なものとなっていた。
アラカは進み、ミュゼは後退をしてパレットナイフを振り〝灰色の泥〟を描き出す。
ただの泥、一体如何なる能力かは分からないけど不死を前に簡単に止めようなどとは浅はかだ。
「こんなもの…!」
ナイフを逆手に背後へ控えさせ、左手を盾のように扱い泥を弾き。
「————〝貴女ハ美シイ〟」
「ッ!?」
————アラカ弾く自分の左手を切断した。
いいや、正確には泥に触れた部位を〝肉ごと抉り飛ばした〟のだ。
「………」
コトっ……と、床に落ちた肉が〝硬い音〟を出しながら転がる。
「これ、は……」
硬質化? 物質変化? 否、それはそんな生易しい攻撃などではない。
これはもっと恐ろしい、怪異の重鎮として相応し過ぎる絶対破壊の一撃に他ならず。
アラカその正体を口に出した。
「————時間停止の泥」
「…………」
正解、とでもいうかのように肉は硬質化を解いてペチャ、と血を流し始めた。
「凄まじい観察眼だね……一発で見抜かれちゃった」
触れた部位を中心に身体の時間を停止させる悪夢の如き能力。
一度でも致命的な箇所に触れればそれだけで死に至る、否、作品にされる能力だ。
「ふふ、あははっ。
この能力、初めてかしら? ねえねえ、この能力は」
「————地面に落ちた肉は……〝どうして柔らかくなった?〟」
「————」
ミュゼが固まり、警戒を最大限にまで高める。
そして思い出す、そうだ、目の前の人物は怪異を相手に一体どれ程の勝利を重ねてきた?
一体どれ程の数の能力を相手取り、勝利していたのだろう??
「時間停止の泥には〝オンオフ〟がある。
そしてそれは君の匙加減……いいや、君の〝一度に使える魔力量〟によって決まる」
「…………」
瞳から遊びが消える————それさえアラカの狙いだと気付かず。
「っ!?」
ミュゼの視界から、アラカの姿が消える。
そしてアラカを探したときにはもう既に遅く。
「——遅い」
ミュゼが最後に見たもの————ミュゼの腹部に小さな足がめりこむ瞬間だった。
「ひっ、があああああぁ゛っ!?」
回し蹴り、それにより腹部の骨に強烈な損傷を叩き込まれて壁へと激突する。
激痛、怪異になって初めての激痛、想像を絶する激痛、吐きそうな激痛。骨を潰される激痛、激痛激痛激痛激痛激痛激痛。
ミュゼの脳内は痛みという2字で埋め尽くされ、そしてそれをアラカが見逃すはずもなく。
「終わりだ」
ナイフを振り上げて、ミュゼのパレットナイフを見下ろして。
————アラカは首を引き千切られた。
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