二十二話、推理と策謀
「はあ? 何言って」
「動機は観察だろう」
風魔の声を遮るようにアラカは言葉を続ける。
声などアラカには聞こえないので別にどちらでも同じ結果だったのだろう。
「木工の匠、ジョージ・ナカシマが手始めに木を観察するのと同じだよ。
この木はどんな風に劣化するんだろう、この木にはどんな風に仕上げるのが相応しいのだろう、とね」
その鈴のような声に誰もが目を離せない。
首輪を掛けた少女。
身体中に傷がある少女。
自分たちが痛め付けた少女……それが今、彼らには酷く巨大な物に写った。
「君は観察して起きたかった。人が異質なものを見せた瞬間に見せる個性を。
赤子の姿造りを見た反応を以って、ターゲットを絞りたかった。
そしてその調理法を決めたかった」
動機を言い終えたことで、誰もが息を呑む。
「そ、そんなの妄想でしょ。
というか鍵とか人目とかはどうしたのよ。さっきまでずっと」
刹那、アラカは体勢を崩して風磨の視界から姿を消し風磨のジャージの中に手を刷り込ませた。
「なっ!?」
————瞬歩。その技術は五年の歳月で神速の領域にさえ足を踏み入れていた。
殺し合いと殺し合いと殺し合いに次ぐ殺し合い。
その果てで得た魔力で瞬間的に強化した瞬歩、剣道経験者の〝殺し合いの素人〟には決して真似できないものだった。
「とらえた」
アラカはジャージの中に一緒に忍ばせた手紙へ魔力を流し
————〝引き寄せ〟
アラカはニヤリ、と笑んでから風魔のジャージからある物を取り出した〝ように見せた〟。
「これ、人間を燻製にして、顔の部分を骨ごと切断しているね。
人肉を使った能面————なんでそんなの持ってるの?」
ざわ…と周囲がその異質さに困惑する。
人間の顔面を切断して作ったお面。言葉にするだけでその異質さが伝わるだろう。
「な、そ、そんなのしらな」
「持っていると思ったよ。
あの時、君はトレーの中身を見せたけれど、見た人は少なかったからね。
二度目が起きると思っていたけど、案の定だ」
どうせ言葉は聞こえない。アラカはその勢いのまま言葉を続ける。
「それと極め付けは、アレだね」
アラカはポケットからペイントボールのような物を取り出して————ステンドグラスの天使の翼へ投げ付けた。
パァンっ————という音と共に真っ赤な液体が弾ける。
「え……あれ、な、なに。
もしかして、血……?」
アラカは自分の血を水風船のようなものに込めて、それをステンドグラスへ投げ付けたのだ。
————血塗られた天使の翼に、文字が浮かび上がる。
一部だけ液体が着かずに流れたのだ。
「数字……?」
「x24と、カンマと……y71…?」
「何かあると思ったら案の定だったよ。
翼を血に染めることで、そこに座標が描かれる……。
x24、y71……、該当のタイルを踏んでみればこの通り」
とん、とシューズの先でタイルをつつき————隠し階段が現れる。
まるでダンジョンのカラクリのように動くそれは、あまりにも異質すぎた。
「七元徳に数えられる天使と並べられるほどに位の高い天使……。
それを堕天使にすることが〝正解〟とは随分と洒落が聞いてるじゃないか」
七元徳に数えられるほどに位の高い天使。
それが堕天使であることが〝正解〟であるという暗示。
現れた階段————地下の世界。
「堕天使ルシファーが堕ちたことで生まれた穴……地獄を表現したいんだろう、君は」
その階段へと視線が集まる。思わず息を呑む。赤ちゃんの姿造なんて物を作るやつが〝地獄〟と評する世界。
それが彼らの先に存在するのだ。
「トレーを持ち出そうとした時に現れた。
ステンドグラスを調べようとしたら静止に入った」
「ち。ちが。そんなの、私、知らなくて」
ビクつく風魔に対し、アラカは全てを見抜いて答えた。
「————メッセンジャーとして露骨すぎるんですよ。
暴雨の魔城、その主人よ。
いつまで隠れてる気ですか」
宣言に、誰も声を出せない。
推理と呼ぶには大胆不敵で。まるで天才めいた感性を有しているとしか思えない発想力。
そして答えに辿り着くその在り方。
「……シャーロック、ホームズ…」
誰かがその天才の名前を呟いた。
その名探偵の名を————完全にその場の空気はアラカを中心に回っていた。
過去の策略、過去の策謀に対してアラカは狂い死ぬほどの激痛を持って、たしかな進化を遂げていた。
それはこれなのだろう。
「だから、何度も言ってるけど私はそんなn」
——ぶち。
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